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 テレビ画面の中に出てくるきれいに着飾ったキャスターのみなさんたちは、先日来、ことあるごとに
 「私たちひとりひとりが自覚を持って」
 といった感じの素敵なご発言を繰り返している。

 安倍総理ご自身も、先日のテレビ演説の中で
 「自分は感染者かもしれないという意識を持って行動していただきたい」
 という旨の言葉を発信していた。

 私は、それらの言葉を片耳で聞きながら、はるか半世紀ほど昔、中学校の生徒だった時代に
 「ひとりひとりが◯◯中学を代表する生徒としての意識を持って……」
 という担任教諭の説教を
 「うるせえばか」
 と思いながら聞き流していた時の気持ちを、ありありと思い出していた。

 「ひとりひとりが◯◯の意識を持って」
 というのは、指導的な立場に立つことになった日本人が必ず持ち出しにかかる話型で、これを言っている人間は、多くのケースにおいて、人間の集団を教導している自分の権力の作用に酩酊している。

 彼らは、自分の言葉に耳を傾けている有象無象を、羊の群れ程度にしか考えていない。だからこそ
 「ひとりひとりが」
 などという人を人とも思わない調子ぶっこいた忠告を撒き散らすことができるのだ。

 さてしかしところがどっこい、演説を聞かされている側の人間たちが、永遠に羊の群れを演じてくれるのかというと必ずしもそうは行かない。何割かは狼に変貌する。実態がどうかはともかく、狼の気持ちで話を聞いている人間が必ず現れる。少なくとも中学時代の私はそういう生徒だった。

 何が言いたいのかを具体的に説明しておく。

 つまり、休業補償も約束されずに、現金給付には煩雑な条件をつけられている中で、
 「ひとりひとりの自覚」
 だの
 「自分が感染者かもしれないという意識」
 だのという、おためごかしの説教を浴びせられる状況がこの先何カ月も続くのであれば、いかにおとなしい日本人といえども、いずれは暴発するということだ。

 政権中枢に座を占めている人間たちは、日本人を、どこまでもおとなしくて品行方正な我慢強い国民であると思っていたいのだろう。

 われら日本人が、戦後からこっちの80年ほどの期間を、突然の収入減を耐え忍び、外出禁止要請を受け入れ、貧困にも生活苦にも文句を言わずに、感染したらしたで四方八方に謝罪してまわり、感染しなかったらしなかったで一日中びくびくして左右のソーシャルディスタンスを30秒ごとに測定しているタイプのいとも統治しやすい国民であったのは、われわれが、右肩あがりの社会の中で暮らす希望を持った人々であったからだ。

 未来に希望が持てない場所で、貧困を余儀なくされているのであれば、われわれとてそうそういつまでもおとなしくしてはいない。

 政府の中の人たちは、現金給付の金額やタイミングを、単に景気対策の一環として考えているのかもしれない。

 私はそう思っていない。

 新型コロナ対策担当大臣ならびに内閣総理大臣閣下には、現金給付が、現状におけるほとんど唯一の治安対策である旨を、この場を借りてあらためてお伝えしておきたい。

 一億人の人間が何カ月もおとなしく家の中に引きこもっていると思ったら大間違いだ。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった?

現状肯定の圧力に抗して5年間
「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成
「ア・ピース・オブ・警句」が書籍化です!


ア・ピース・オブ・警句
5年間の「空気の研究」 2015-2019

 同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。

 私たちはあまりにもよく似た事件の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍磨させられてきた。

 それが日本の私たちの、この5年間だった。
 まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。

 別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。

 ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより)

 人気連載「ア・ピース・オブ・警句」の5年間の集大成、3月16日、満を持して刊行。

 3月20日にはミシマ社さんから『小田嶋隆のコラムの切り口』も刊行されます。