総理・副総理に誰も口答えができなくなっているのだとしたら、その政権は、というよりも、その国はすでに戦時体制の中にあると申し上げなければならない。
もうひとつ考慮しなければならないのは、総理大臣が、その側近や閣僚にきらわれている可能性だ。
ふつうに出世したアタマの良い官僚や、マトモに選挙を通って来た機を見るに敏な政治家であれば、今回のマスク事案が世紀の愚策であることは、一瞬で見抜けるはずだ。
「あらら、よりにもよって布マスクを配布とか、どこの昭和案件だ?」
「それも郵送で全世帯に配布とか。なんの罰ゲームだよ」
「これ、ヘタすると、倒閣マターになるぞ」
「倒閣で済めばむしろ御の字で、引退後も給食マスク宰相てなことで子供に石投げられる末路が待ってるんじゃないかなあ」
と、そう思うのが正常な感覚というもので、じっさいに彼らがそう思ったのであれば、ここは一番
「総理、お言葉ですが、私は絶対に賛成できません」
「おそれながら、このプランは穴だらけです。ウイルスが素通りなだけならまだしも、雑菌の培地にしかならないのではないでしょうか」
「もし本当にマスクを郵送するおつもりであるのなら、その前にまず私の職を解いてください」
「総理がお疲れなのは承知しています。この際、新型コロナ偽装でもなんでも使って、ぜひ休養をとってください。あとはわたくしたちがなんとかします。首相。落ち着いてください」
てなことで、面を冒してでもお上に直言するのが、心ある官僚なり政治家の覚悟であるはずだ。
彼らが、陰腹を切ってでも総理に諫言することをせずに、結局、あえて見てみぬふりをして、このプランを通してしまったのは、
「ええいちくしょう。もうどうにでもなりやがれ」
「あーあ、このヒトもどうやらおしまいだな」
と考えていたからというふうに考えざるを得ない。
ということはつまり、彼らは首相を支える気持ちを持っていないのである。
なんとかわいそうな首相ではないか。
私たちのこのまほろばの国が、いずれの可能性を経て、現今の事態に立ち至っているのか、私には詳しいところはわからない。
ひとつだけわかっているのは、政府の切り札が2枚のマスクであったのだとすると、もはや何を言っても無駄だということだ。
あるいは、マスクの真意は
「おまえらは黙っていろ」
ということだったのかもしれない。
だとすると、この原稿は、載らない可能性もあるわけだ。
ビル・ポスターズは殺され、オダジマは黙らされる。ありそうな結末だ。
もっとも、読者がいま当稿を読んでいるようなら、まだ望みはある。
ぜひ、声をあげよう。
マスクは、プロテストの声をあげる口元を隠すのに役立つかもしれない。
(文・イラスト/小田嶋 隆)
延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった?
現状肯定の圧力に抗して5年間
「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成
「ア・ピース・オブ・警句」が書籍化です!
同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。
私たちはあまりにもよく似た事件の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍磨させられてきた。
それが日本の私たちの、この5年間だった。
まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。
別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。
ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより)
人気連載「ア・ピース・オブ・警句」の5年間の集大成、3月16日、満を持して刊行。
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