報道によれば、麻生太郎財務相兼副総理は、3月24日の午前、記者団に対して次のように語ったとされる。

 《―略― 一律(給付)でやった場合、現金でやった場合は、それが貯金に回らず投資に回る保証は? 例えば、まあ色々な形で何か買ったら(一定割合や金額を)引きますとか、商品券とかいうものは貯金には(お金が)あまりいかないんだよね。意味、分かります? リーマン(・ショック)の時と違うんだよ。リーマンの時、マーケットにキャッシュがなくなったんだから。今回はどこにそういう状態があるの? みんな銀行にお金が余っているじゃん。だから、お金があるんですよ。要はそのお金が動かない、回らないのが問題なんだから。(24日、記者会見で)》

 なんというのか、記者を子供扱いにするものの言い方からして、記者の向こう側にいるはずの国民に、マトモに説明する気持ちを持っていないとしか思えない。

 察するに麻生さんは、現金の給付には乗り気ではなくて、その理由は、現金が貯蓄に回るなどして、必ずしも景気浮揚につながらないからということのようだ。

 実際に現金を配布した場合、一定数の国民はその現金をすぐには使わず、貯蓄に回すだろう。その点は、麻生さんのおっしゃる通りだ。

 が、国民が、現金を貯蓄に回す理由は、必ずしも現金が不要だからではない。むしろ、多くの国民は、将来が不安だから貯金をしている。そう考えれば、現金は、安心料として必要なものだし、多くの国民の不安を取り除くためにも、現金を支給することには大きな意義がある。

 この記事を読んですぐ、私は以下のようなツイートを発信した。

 《政府が現金じゃなくて商品券を配りたがるのは「カネはやるけど、使いみちはオレが決める」「援助はするが、援助の方法はオレの一存で決める」「食べさせてやるけど、何を食べるのかはオレが決める」「オレの推奨する消費先以外にカネを使うことは許したくないから現金は渡せない」ということだよね。》2020年3月25日-17:03

 《貧しい人間が現金をほしがるのは、生活に困窮しているからでもあるが、それ以上にカネが無いことで行動が制限されているからだ。その意味で、生活困窮者が本当に必要としているのは、現金で買える「モノ」ではなくて、現金と引き換えに手にはいる「自由」なのだよ。麻生さんにはわからないだろうが。》2020年3月25日-18:09

 《メシを食うカネにも困っている人間がパチンコや酒にカネを使ったり、風俗だのゲーセンだのになけなしの現金をつぎ込むのは、それこそが「自由」だからだ。「オレはオレの時間をオレの好きなように過ごす」という実感が欲しくて人は時に愚行に走る。商品券では自由が買えない。ここがポイントだぞ。》2020年3月25日-18:14

 もうひとつ付け加えれば、政府が、現金でなく商品券を配りたがるのは、貧窮する国民の暮らしを支えることや、近未来に不安を抱いている国民に一定の安心感を与えることよりも、彼らの購買行動を促して経済を回すことをより重視しているからでもあれば、特定の業界(つまり商品券が指し示しているところの「商品」の生産者たち)への利益誘導をはかりたいからでもある。

 こんなことでは、到底国民の支持は得られない。

 もしかしたら、安倍さんや麻生さんが、テレビ演説で直接国民に語りかけようとしないのは、自分たちの打ち出す政策が、筋の通った言葉で説明できない筋の通らない政策だからなんではなかろうか。

 政治家の言葉は、巧みでなくても、誠実であれば十分に伝わるはずのものだ。

 せめて、正直に、自分の言葉で、まっすぐに語りかけてほしい。

 安倍総理が、和牛券やお魚券や旅行クーポン券を配布する理由について、万民を納得させるだけの言葉を持っているのなら、ぜひその言葉を披露してもらいたい。

 もし仮に、現政権が、説明をしないリーダーに追随する国民を作ることに成功していたのだとすればこれはもうわれわれの負けだ。好きにしてくださってけっこうだ。私は非国民の道を選ぶだろう。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった?

現状肯定の圧力に抗して5年間
「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成
「ア・ピース・オブ・警句」が書籍化です!


ア・ピース・オブ・警句<br>5年間の「空気の研究」 2015-2019
ア・ピース・オブ・警句
5年間の「空気の研究」 2015-2019

 同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。

 私たちはあまりにもよく似た事件の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍磨させられてきた。

 それが日本の私たちの、この5年間だった。
 まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。

 別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。

 ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより)

 人気連載「ア・ピース・オブ・警句」の5年間の集大成、3月16日、満を持して刊行。

 3月20日にはミシマ社さんから『小田嶋隆のコラムの切り口』も刊行されます。

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