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 ちなみに、上記tw内で引用した、
 「2000年にわたって同じ民族が、同じ言語で、同じ一つの王朝を保ち続けている国など世界中に日本しかない」
 という麻生太郎副総理兼財務大臣による発言
 は、後に「お詫びのうえ訂正」されている。

 しかし、この時の「お詫び&訂正」は、例によって
 「誤解が生じているのならお詫びのうえ訂正する」
 という文言を伴ったものだった。

 この謝罪マナーは、現政権の閣僚が、失言をした時の毎度お約束の弁明のパターンで、要するに、麻生さんは、マトモに謝ってはいない。というのも、この謝罪語法
 「誤解が生じているのなら」
 という IF~THEN の条件構文を踏まえた、「条件付きの謝罪」に過ぎないからだ。

 それ以上に、この言い方は、「誤解」という言葉を持ち出すことによって、暴言被害の原因を被害者の側の読解力の不足に帰責している。言ってみれば

 「オレの側には、悪意もなければ差別の意図もなかったわけなんだが、頭の悪いテレビ視聴者や被害妄想にとらわれた一部の新聞読者が記事をヨメば、その文言の中から差別的なニュアンスを嗅ぎ取ることもあり得るので、ここは一番オトコギを出して謝罪してやることにするぞ」
 と開き直った形だ。

 麻生さんの歴史歪曲コメントの真の問題点は、言葉の選び方の無神経さや不適切さで説明のつく話ではない。

 「誤解」がどうしたとかいった、コミュニケーション過程で発生した不具合の問題でもない。

 麻生さんの発言が問題視され、人々を傷つけ、失望させ、憤らせたのは、彼の思想そのものが差別的で、その歴史理解が根本的な次元において完全に間違っているからだ。ここのところを率直に認めて、自分の言葉で正確に訂正したうえで、今後の生き方をあらためる旨の決意表明とワンセットで謝罪するのでなければ、本当の謝罪にはならない。

 ところが、麻生さんは、こころもちふんぞりかえった姿勢で誤解した人間の理解力の貧困を嘲笑してみせたのみで、きちんとした謝罪の態度はいまだに示していない。メディアの人間たちも、麻生さんが誰に何を謝るべきであるのかを然るべき言葉で追及していない。番記者たちは、テレビカメラの前で恫喝されてニヤニヤしている。論外と申し上げなければならない。

 さて、野村萬斎氏が開会式にアイヌ舞踏を採用しない旨を述べた記事が公開されて間もなく、五輪組織委が開閉会式の選手入場時にグラウンドで選手らの出迎えや誘導を行う「アシスタントキャスト」を延べ2200人募集する旨を発表したという記事を確認した。

 記事は、野村萬斎氏のコメントとして
 《開閉会式の演出を統括する狂言師の野村萬斎さんは「多くの人に参画して頂き、未来につなげていく。個人主義が増える中で、多種多様な世界をみんなで受け止めてほしい」と役割を説明。開閉会式の準備については「骨格はできている。7、8合目までいっているのでは」と述べた。》
 というやり取りを紹介している。

 このコメントにもあきれた。