ちなみに年代別のデータを見ると、平成29年の数字で、
 「法律を改めてもかまわない」
 とした人は、
 18~29歳で50.2%、30~39歳で52.5%と、過半数を上回っている。

 つまり、少なくともこれから結婚する可能性が高い世代である20代から40歳ぐらいまでの日本人は、圧倒的に別姓婚を容認する法改正を支持しているのである。

 さて、こういう数字を見せられると、国民政党である自民党が、どうしてあえて民意に逆らってまで夫婦同姓一択の強圧的な結婚制度の維持に拘泥しているのかが、あらためて不思議に思えてくる。いったい彼らは何を恐れているのだろうか。あるいは、恐れていることとは別に、彼らなりの狙いがあるということなのだろうか?

 どうしてあの人たちは他人の結婚に介入したがるのだろうか。あらためて考えてみるに、不思議な心理だ。見も知らぬ他人の別姓婚を、なんとしても許したくないと考えているあの人たちは、いったいどういう理由で、他人の名乗り方を自分たちがコントロールできると思い込んでいるのであろうか。

 仮に、近い将来、選択的夫婦別姓制度が実現したのだとして、おそらく8割以上の新婚夫婦は、これまで通り同姓での結婚を選択するはずだ。あるいは、同じ名字で結婚することを願うカップルの割合は、9割を超えるかもしれない。

 とすると、別姓に反対している人たちは、くだくだしい各種の改姓手続きの煩雑さをきらって、とりあえず別姓での入籍を選ぼうとしているカップルや、仕事上の継続性を重んじる理由から互いに旧姓のままで暮らす結婚生活を選択する若い二人を、いかなる理由において排除せんとするのであろうか。

 よくあるのは、
 「日本人の家族観が破壊されるから」
 「家族の絆があやうくなるから」

 という回答なのだが、これらにしたところで「他人の家族観」「他人の絆」に過ぎない。

 自分自身が自分たちの固有の家族の家族観を死守したいのであれば、同姓の結婚と同姓の家族を死守すれば良い。それだけの話だ。あるいは、自分たちの家族が同姓でなくなった瞬間に絆を失ってしまうと考える向きの人たちは、他人はどうあれ、自分たちだけは同じ名字を守り通せば良い。誰も文句はつけないはずだし、法律も同姓婚の自由は完全に保障している。

 もしかすると、日本中誰も彼も同じような家族であり続けないと、日本の家族観が崩壊してしまうと、彼らはそういう順序でものを考える人々であるのだろうか。

 それほどまでに、彼らの中の「家族」というのは、脆いものなのだろうか。

 たとえば、離婚して旧姓に戻るシングルマザーの家庭や、外国人のパートナーと暮らしている未入籍の同居家族や、複数の性的マイノリティーによる戸籍上は他人であるに過ぎないカップルや、適齢期を過ぎたと判断されがちな年齢の独身独居生活者は、彼らの判断基準からすると、日本の伝統的な家族観を破壊している破壊分子ってなことになるのだろうか。