個々の家族内のメンバーは、正月の間、現時点でのキャラクターとは別の古い役割を担わなければならない。

 長男は長男として、次男は次男として、何十年か前に演じていたのと同じ家族内の役柄としての「子供」を演じ切らなければならない。そうでないと、「一家団欒」という群像劇の舞台が成立しないからだ。

 とはいえ、家族芝居は、再会の挨拶をかわしてからこっちの2 時間で終わるショートムービーではない。紅白歌合戦を眺めながらの和気あいあいの2時間で無罪放免になるのであれば、こんなに楽な話はない。

 が、家族芝居は、へたをすると三が日いっぱい上演される。

 とてもじゃないが、やっていられない。

 白々しい仲良しごっこを演じるノルマが致し方のない仕様なのだとして、本当のところ、久しぶりに会う家族たちは、互いに尋ねてはいけない質問を山ほどかかえながら、相手に無神経な質問をされることに辟易してもいれば、自分が本当に訊きたいことを言い出せずにいることにも飽き飽きしている。

 こんな状態が3日間ももちこたえられるはずはない。

 そうこうするうちに、アルコールの入ったメンバーが、酔いにかこつけて不穏なことを言い出す。そういう決まりになっている。というか、必ずそうなるのだ。

 「えっ? 今年30歳て、マジ? なんで結婚しないの?」
 「兄さんのところはまだ子供ができないわけ?」
 「長男はそろそろ大学入試だろ? どこを受けるんだ?」
 「なに? 受けない? 何を考えてるんだ? ◯◯にでもなるつもりか?」

 この種のめんどうくさい質問の後にやってくるよりめんどうくさい回答をなんとか回避させるべく、箱根駅伝の若者たちは一心に国道1号線を走っている。

 こじつけだと思うかもしれないが、これは本当の話だ。
 箱根駅伝の選手たちは、自分たちの記録のためにだけ走っているのではない。

 彼らは、日本中の不仲な三が日の家族たちが、要らぬ口論をはじめないためにこそ走っている。

 「今年は、法政がいきなり遅れちゃったね」
 「東京国際大っていつからこんなに強くなったんだ?」
 「青学はさすがにたいしたもんだなあ」

 などと、家族が共通に見つめる先に箱根駅伝が映る液晶画面がなかったら、日本の正月がどれほど荒廃したものになっていただろうか。

 奇妙な結論になった。

 正月が田舎だったというのは、まあ、わりと迷い込みそうな筋書きではあったのだが、その田舎の地獄から家族を救済するのが箱根の天使たちだったという着地点は、さすがに私も想像がつかなかった。

 なんと無責任な結論だろうか。

 でもまあ、トシのはじめは毎度こんなものなのだ。

 ダメな正月から少しずつ立ち直って行くことで、われわれは毎年自分を作り直している。

 ダメな自分のダメな故郷に帰るべく、正月が設定されているのは、福音であるのかもしれない。

 などと、無責任なことを申し述べつつタイプを終えたい。今年もよろしく。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

小田嶋隆×岡康道×清野由美のゆるっと鼎談
「人生の諸問題」、ついに弊社から初の書籍化です!

 「最近も、『よっ、若手』って言われたんだけど、俺、もう60なんだよね……」
 「人間ってさ、50歳を超えたらもう、『半分うつ』だと思った方がいいんだよ」

 「令和」の時代に、「昭和」生まれのおじさんたちがなんとなく抱える「置き去り」感。キャリアを重ね、成功も失敗もしてきた自分の大切な人生が、「実はたいしたことがなかった」と思えたり、「将来になにか支えが欲しい」と、痛切に思う。

 でも、焦ってはいけません。
 不安の正体は何なのか、それを知ることが先決です。
 それには、気心の知れた友人と対話することが一番。

 「ア・ピース・オブ・警句」連載中の人気コラムニスト、小田嶋隆。電通を飛び出して広告クリエイティブ企画会社「TUGBOAT(タグボート)」を作ったクリエイティブディレクター、岡康道。二人は高校の同級生です。

 同じ時代を過ごし、人生にとって最も苦しい「五十路」を越えてきた人生の達人二人と、切れ者女子ジャーナリスト、清野由美による愛のツッコミ。三人の会話は、懐かしのテレビ番組や音楽、学生時代のおバカな思い出などを切り口に、いつの間にか人生の諸問題の深淵に迫ります。絵本『築地市場』で第63回産経児童出版文化賞大賞を受賞した、モリナガ・ヨウ氏のイラストも楽しい。

 眠れない夜に。
 めんどうな本を読みたくない時に。
 なんとなく人寂しさを感じた時に。

 この本をどこからでも開いてください。自分も4人目の参加者としてクスクス笑ううちに「五十代をしなやかに乗り越えて、六十代を迎える」コツが、問わず語りに見えてきます。

 あなたと越えたい、五十路越え。
 五十路真っ最中の担当編集Yが自信を持ってお送りいたします。

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