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 とにかく、確実に言えるのは、私たちが、記録をないがしろにし、データを消去破棄破壊改ざんする動作を繰り返したあげくの果てに、どうやら言葉というかけがえのないコミュニケーション・ツールを毀損してしまったことだ。だから私は正確な文を書くことができない。とても困っている。

 2年半前に書いた原稿の中で、私は、自分たちが、自身の足跡であり人生そのものでもある血の出るようなデータを消去し、改ざんしてしまったことの報いを受けるであろうことを予言した。

 そして、その予言は、現在、もののみごとに的中している。

 具体的に言えば、私たちは、データを軽んじたことの報いとして、マトモな言葉を喪失しはじめている。

 菅義偉官房長官は4日午前の記者会見で、今年4月に開かれた首相主催の「桜を見る会」を巡り、招待者名簿の電子データを内閣府が5月上旬に削除した後も一定期間、外部媒体に残っていたバックアップデータについて、「行政文書に該当しない」との見解を示した

 意味がわかるだろうか?

 正真正銘の行政文書たる名簿データのデジタルな複製であるバックアップデータがまったく同一のデータでありながらそれでもなお同じ行政文書でないというこの官房長官の狂った言明は、普通に聞く限りでは、バックアップの意義そのものをアタマから否定する言い草としか解釈のしようがない。

 そもそも、「バックアップデータ」とは、原本のデータが誤って消去されたり、何らかの理由で破壊されたりして読めなくなる事態に備えて用意しておく「非常用のコピー」を指す言葉だ。

 とすれば、バックアップデータは、今回のような原本のデータが消去されてしまったケースでこそ活躍しなければならないはずのものだ。

 ところが、菅官房長官は、元データを廃棄した後、端末にバックアップデータが残っていたにもかかわらず、その提出を拒絶している。しかも、データの提供を拒絶した理由を「バックアップデータは行政文書ではない」からだという理路で説明している。

 なんというのか、
 「売れない占師は売れない自分を占えなかったから売れない」

 的な、どうにもスジの悪い詭弁のにおい以外のナニモノをも感じることができない。

 菅さんは「バックアップ」の意味をなんと考えているのだろうか。

 非常時をバックアップ(支える)するためではないのか?