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 もっとひどい話もある。

 第2次世界大戦当時の大日本帝国では、敵国たる「鬼畜米英」の使用言語である英語を「敵性言語」として憎悪する愚かな国粋主義者が、思うさまに跳梁跋扈していたものなのだが、その彼らは、野球用語についても、「ストライク」を「よし」に、「ボール」を「駄目」といった調子で、順次腐った日本語に置き換えずにはおかなかった。

 しかし、考えてみてほしい。野球の世界で言う「ストライク」は、「ストライクゾーン」(打撃可能範囲)の略称であると同時に、「打撃」という行為自体を指す動詞でもある。さらにその一方で、スコアブックに記録される時には「打撃意図の失敗」すなわち「空振り」もしくは「見逃し」を意味していたりする。

 「ボール」の方も一筋縄ではいかない。「ボール」は、なによりもまず、野球で使う「使用球」「硬球」それ自体を指す言葉だ。しかしながら、他方、スコアブック上では「ストライクゾーンから外れた投球」を意味してもいる。してみると、こういう油断のならない言葉に一対一で日本語の単語を対応させて、それで良しとするようなバカな翻訳は、成立する道理がないのである。

 「人生会議」は、意訳である分だけ、さらに真意が伝わりにくい。

 いや、「人生会議」は、「翻訳」ですらない。ただの「愛称」だ。

 「愛称」?
 ゆるキャラでもないのに?

 そもそも、どうして、人の生き死にを扱うフレーズに「愛称」が必要なんだろうか。

 ともあれ、ふつうに考えれば、「愛称」をつけたからといって、ACPがポジティブだったり可愛かったりする言葉に生まれ変わるわけではない。

 あたりまえの話だが、死についての用語はどう取り繕ったところで明るい話題にはならない。明るく語ろうとすれば、そこには当然のことながら欺瞞が生じる。

 つまり、今回の事態は、その厚労省による「欺瞞」が視覚化された過程そのものだったわけだ。

 厚労省のホームページには、ACPについて詳しく解説した文書がアップされている。

 読んでみればわかるが、これまた衝撃的な文書で、通読した人間は、必ずや憂鬱にとらわれる。

 事実、私は読んだあとしばらくふさぎこまなければならなかった。

 なにしろ、印刷してみればA4の用紙2枚半に満たない分量のページ内に、「人生の最終段階」というフレーズが20回登場するのである。

 びっくりだ。ほぼ2行に1回の頻度で、「死」ないしは「死の直前」の過ごし方が語られている。たしかに、これは世間の善男善女にうっかり共有してもらえるような甘ったるい話ではない。

 おそらく、厚労省のお役人は、「人生の最終段階」「終末期医療」「死」といった、どうにも重苦しい言葉を繰り返すことでしか説明できないACPの話題をつくづく扱いかねたのだと思う。

 だからこそ、彼らは、その啓発活動を吉本興業に丸投げにした。

 ヨシモトなら、この重苦しくも暗鬱なACPを、明るく心あたたまる話題に作り変えてくれるはずだ……とまでは思わなかったにせよ、厚労省が難航しているACPのPR活動に、外部からのヘルプを求めていたことは確かだと思う。

 で、失敗したわけだ。
 当然だ。失敗するに決まっている。

 そもそも、こういう仕事にお笑いの世界の人間を持ってくること自体がどうかしている。