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 とすれば、このポスターは害を為すことしかしていない。

 なにより、ACPに「人生会議」という「愛称」をつけてその普及をPRしようとしている厚労省の狙いが理解を絶している。

 ACPはACPのままで良い。

 というよりも、ACPのような一般の人々にとってなじみにくい用語は、そのなじみにくさと深刻さを含みおいたうえで、なじみにくい頭文字略称のままで、辛抱強く理解を求めていくべきだと思う。

 たしかに「ACP」は、はじめてその言葉を知った人間が、一発で理解できる言葉ではない。

 とはいえ、わかりにくいのは、用語が不適切だからではない。

 そもそも概念として難解であり、様々な予備知識や広大な思索の余地を含んでいるからこそ、簡単には理解できないというだけの話だ。

 言い換えれば、こういう言葉を理解するためには、それなりの時間と労力が必要だということで、してみると、ACPのような概念に、安易な理解を拒む難しげな名前が冠せられていることは、実は、妥当ななりゆきなのである。

 というのも、地道な説明と、真面目な啓発を根気よく繰り返すのでなければ、このテの重苦しくも厄介な言葉は、決して広く世間に共有されないはずだからだ。

 難解なカタカナ用語に安易な日本語をハメこんで、上っ面だけをわかりやすく装っても、概念としてののみこみにくさが緩和されるわけではない。

 むしろ、平易に見せかけた日本語が当てられることで、誤解の余地が生じるデメリットの方が大きくなる。

 実際、こういう例(難解な概念に親切ごかした訳語を当てはめたおかげで、一般の人々がその用語を正しく理解しなくなっている例)は、いくらでもある。

 たとえば、一時期、OS(オペレーティング・システム)に対して、新聞各社が「基本ソフト」という訳語を当てることを書き手に義務付けていた時代があったが、あの「基本ソフト」という用語は、響きがやさしげなだけで、内容的にはOSの機能や役割をほとんどまったく説明していなかった。

 OSはOSとして、その言葉が成立した背景やそれらにまつわる周辺技術コミコミでそのまま理解・使用する方が適切であるに決まっている。

 パソコンやITの周辺にはこういう言葉がヤマほどある。

 「パラメーター」の訳語は、一応「媒介変数」ということになっているが、漢字を当てたからといって、この用語の難解さが少しでも薄まっているわけではない。だとしたら、パラメーターはパラメーターとして、そのまま記憶する方がベターだと私は少なくともそう思っている。

 このほか、たとえば、「接続」と翻訳される言葉には、「アクセス」「リンク」「ログイン」「ログオン」「サインイン」「コネクト」「コンタクト」といった、それぞれに少しずつニュアンスの違う用語がズラリと並ぶ。これらの近接概念は、ヘタに日本語にせず、それぞれ、元の英語をカタカナに開いただけのカタカナ用語として取り扱った方が読者を混乱させない意味で親切な翻訳になる。「マウス」を「鼠」、「ジョイスティック」を「快楽棒」に訳出するみたいな闇雲な翻訳は、誰もしあわせにしない。