全6480文字

 首相が、虚偽答弁をしたのかどうかは、今後、与野党ならびにメディアを含めた議論の中で争点になる部分なのだろう。

 そういう意味では、新聞の見出しで、いきなり
 「虚偽答弁」

 と、決めつけるのはむずかしいことなのかもしれない。

 とはいえ、首相は、8日の国会答弁で
 「私は、招待者の取りまとめ等には関与していない」

 と断言している。

 でもって、20日には、前言を翻して
 「私の事務所が内閣官房の推薦依頼を受け、参加希望者を募ってきた。私自身も事務所から相談を受ければ意見を言うこともあった」

 と言っている。

 要するに
 「意見を言うことはあったが、そのことがすなわち招待者の取りまとめに関与したことにはならない」

 という理屈なのかもしれないが、そんなことが通用するものだろうか。

 こういう露骨な言い逃れを
 「発言を修正した」

 という伝え方で記事にして、朝日新聞の中の人たちは、そんなことで新聞の役割をまっとうできると考えているのだろうか。

 単純な話、首相が国会答弁を修正したのであれば、メディアの側の人間は、修正する前の発言と、修正後の発言の間の整合性を執拗に追及する役割を果たさなければならないはずだ。

 「つまり8日の答弁は虚偽だったということですか?」
 「虚偽ではないのだとすると、事実誤認をしていたということですか?」
 「事実誤認をそのまま口にしていたのだとして、どうしてそのような事実誤認をしていたのか、その間の事情を説明してください」
 「勘違いや言い間違いなら、どうして8日の答弁で間違った事実を述べたのかについても教えてください」

 と、いくらでもツッコミどころはあるはずだ。

 そこを
 「首相が答弁を修正しました」

 という記事を書いて、はいおしまいにするのだったら、小学生の学級新聞と同じではないか。

 「修正しました」
 「あ、そうですか」

 では、メディアの役割を果たしたことにはならない。

 ただの政府広報だ。