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 「ニューオータニの宴会場で800人の立食パーティーをやって、一人アタマ5000円で済むのか」
 という話題が、この1週間、様々な場所で行ったり来たりしている。

 バカな話だと思う。

 私の感覚では、無理に決まっている。これが無理でないのだとすると、この世界に「価格」というスタンダードがあること自体がおとぎ話になってしまう。

 どんなに優秀な幹事を立てたところで、きょうび都内の一流ホテルで料理と飲み物を出すパーティーが、一人アタマ1万円以下の会費でペイできる道理はない。聞けば、当日は有名寿司店の寿司がふるまわれたというし、名前の知れたシャンソン歌手が歌う場面もあったのだそうだ。だとすれば、なおのこと5000円という会費はあり得ない。完全に不可能だとまでは断言しないが、近所のコンビニで売っている120円のシュークリームひとつで丸1週間食いつなぐことが困難であるのと同じほどにはバカげた話だと思う。

 仮にこの会費でニューオータニのパーティーに誘われたら、私は参加しない。会費の安いパーティーには、若い頃からひどい目に遭っている。たしか高校2年生の時だったか、100平米の雀荘をハコにパー券を300枚売りさばくタイプの暴走族主催のディスコパーティーに引っかかったことがある。あれはキツい経験だった。集結した面々がレディースとツッパリ坊限定だった点もさることながら、狭い雀荘の会場に入るためには、階段越しに

 「お前どこのもんだ?」

 てな調子でスゴんでいるチンピラ諸氏の面通しを突破しなければならなかった。

 私にはその関門の先に待っている不機嫌なレディースを待望する理由がなかった。それ以上に、階段の前に陣取っているテカテカのリーゼントに対峙するだけの度胸を持っていなかった。だから、1500円のガリ版刷りの薄紅色のパー券をその場に捨てて、静かに板橋駅に引き返した。いまでも賢明な判断だったと思っている。

 もう少し年をとって、ほんの少しだけ賢くなった頃にも、ネットワークビジネスのカモ誘引会場にまんまと間抜け面を晒したことがあった。あの時も、自分の価値観の浅はかさを心から呪ったものだった。だから、このトシになって、いまさら安いパーティーはお断りだ。ごめんこうむる。まあ、高いパーティーにしたところで願い下げではあるのだが。

 話を整理しよう。

 ニューオータニで5000円のパーティーが可能だろうかなどという話は、本来なら大の大人が大真面目に議論すべき話題ではない。そういうことだ。

 「ウソに決まってるだろ」
 という決まり文句で一蹴すべき案件だ。

 とはいえ、読者の中には
 「ウソに決まってるじゃないか」

 だけでは納得しない半端者が必ず含まれている。

 そういう少数者のために、外堀を埋める意味で、「ニューオータニ5000円パーティー」の開催不可能性について、以下、やや子細に検討してみる。

 仮に、会費5000円でパーティーを開いたことが事実だったのだとすると、ホテル側に支払った実際の金額と、パーティー参加者から徴収した会費の総額との間に「差額」が生じる。と、当然、この「差額」ないし「損失」を誰かが補填しなければならない。そうでないと話が前に進まない。