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 とにかく、彼がその時に明言していたのは、「桜を見る会」をエサに各界の著名人に渡りをつけて支持層の拡大を画策している官邸と、宴の会場で人脈形成と売名をたくらむ芸能人と、花見取材でぬかりなくVTRの尺を稼ぎつつ、画面に登場する各界のセレブの無料晴れ着映像を、近未来のスキャンダル発覚時に再生するための資料として蓄積しにかかっているワイドショーのスタッフは、みんな「同じ穴のムジナ」だということだった。

 「とすると、そんな花見の映像を見せられている視聴者は、いいツラの皮ということになりますね」

 「そうだね。まあ、穴の外のネズミってとこかな」

 などと、知人の葬儀の席で不謹慎なバカ話に興じている人間たちの品性の問題はおくとして、私個人は、その時点では、「桜を見る会」が特段に問題のあるイベントだとは考えていなかった。正直なところを言えば「桜を見る会」のニュースを伝えるテレビメディアのなんともうれしそうなトーンには毎度のことながら不快感を抱いていたのだが、その不快感については、自分自身の偏狭さないしはケツメドの小ささに由来する感情なのであろうと考えて、あえて表に出すことを自重していた。

 仮に、あの宴会が、文字通りの政権のサクラを含んだ「Win-Win」の人々による「共存共栄」の「内輪褒め」の「総決起集会」であったのだとしても、宴会はそもそもが偏ったメンバーによる自己完結した営みだ。開かれているように見えて、その実、外に向かっては頑ななまでに閉ざされている利己的な結界に過ぎない。仮に、公平で公正でポリティカリーにコレクトな宴会があったのだとして、そんないけ好かない会合がいったい誰を慰安というのだろうか。

 「桜を見る会」を問題視していなかったのは、私だけではない。同じ穴の中で仕事をしているメディア業界人も同様で、彼らは、この何年もの間、問題視どころか、宴の盛況をことほぎつつ、日本の国に桜が咲くことのうれしさを宣べ伝えるコンテンツの制作に専念していた。

 それが、招待客の選定基準と運営資金の拡大にスポットライトが当てられてみると、めでたかったはずの宴会の話が、あらまあびっくり、いきなり政治問題化している。

 なんとも滑稽な景色ではある。

 とはいえ、言われてみればたしかに宴会への参加資格は、いつの間にやら利権化していたわけだし、ということは、招待客の選定基準と選定権のあり場所次第では、この宴会をめぐるあれこれは、そのまま、政治的権益の分配を含んだなまぐさい話題になる。

 さらに、報道されている通りに、招待客の中に政治家の後援会関係者が数百人単位でまぎれこんでいるということになれば、宴会での飲食や記念品の受け渡しは、そのまま選挙民に向けた「饗応」の色彩を帯びる。処理の仕方次第では、公職選挙法なり政治資金規正法なりに抵触するかもしれない。

 なるほど。目からウロコが落ちるとはこのことだ

 私は、こういった問題点にまるで気づいていなかった。