全6491文字

 万人を爆笑させるジョークが原理的に存在し得ない以上、ジョークは必ずある局面においてスベるものなのであって、だとすれば、スベったことをとらえてジョークの発信者を断罪することは、野暮でしかない。

 ばかばかしいにもほどがある。

 次に「不謹慎」という側面についてだが、たしかに、豪雨災害の当地に赴いた翌日に「雨男」というネタをカマしに行った大臣のチャレンジは、不謹慎と言われても仕方ないものだった。

 しかし、では、不謹慎というのは、現職閣僚が記者の前で陳謝せねばならないほどの大罪なのだろうか。

 それ以上に、あの場の大臣の不謹慎発言で、実際のところ、被災地の人間が本当に傷ついたのだろうか。

 私は必ずしもそうは思わない。

 どちらかといえば、記者が、例によって被害者の立場に立ったかのような語法で発言者を追い詰めにかかる常套手段を用いたに過ぎないように見える。

 たしかに、河野防衛相のスピーチは適切でもなければ行き届いていたわけでもないし、面白くない上に厳粛でもなかった。

 が、スピーチなどというものは、しょせんそんなものだ。

 世界中が有意義で上品で目からウロコが落ちるようなスピーチだけで動いているわけでもあるまいし、たかが雨男程度のバカネタをどうして看過できないのだろうか。

 本当のところを言うなら、河野大臣のスピーチより、先に引用した私のツイートの方が程度としてはずっとヒドい。何より失礼だし品がない。決めつけ方も一方的だし、表現に遠慮がなさすぎる。その私の罵詈雑言ツイートに比べれば、大臣のほんのちょっとスベったジョークの方がどれほどエレガントであることか、と、私は本心からそう思っている。

 なのに、いちコラムニストの極悪卑劣な罵詈雑言はスルーされ、大臣のジョークは断罪される。

 おどろくなかれ、「報道ステーション」は、この発言を伝えるにあたって、速報を打ってみせた。

 大喜びで獲物に飛びつくサマが目に見えるようだ。

 あんまりじゃないか。

 新聞各紙もによって

 《河野太郎防衛相は28日、東京都内で開いた自身の政治資金パーティーで「私はよく地元で雨男と言われた。私が防衛相になってから既に台風は三つ」と発言した。災害派遣された自衛隊員らの苦労をねぎらう話の導入としての発言で、会場からは笑いも起こった。ただ相次いだ台風や大雨で多数の死者が出ただけに、発言は軽率だとの批判を浴びる可能性がある。─略─》

 てな調子で批判を煽りにかかった。

 それにしても、
 「批判を浴びる可能性がある」
 「批判を呼びそうだ」

 という定番の記事文体は、新聞を読み慣れた人間の目には

「なあ、みんなで批判を浴びせようぜ」

 というふうにしか見えないはずなのだが、21世紀にもなって、あいも変わらずこんな書き方を採用していて、新聞社の中の人たちは、読者に見捨てられる可能性を多少とも考慮しないのだろうか。