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 萩生田発言について書く前に、ほとんど同じ時期にメディアが取り上げた河野太郎防衛相による「雨男」発言に触れておく。

 この二つの発言は相互に無関係なコメントでもあれば、意図にも効果にもほとんどまったく共通するところはないのだが、不幸なことに、ほぼ同じタイミングで「事件化」されたがために、一連の失言として扱われることとなった。

 このこと(二つの別々の失言が「閣僚による相次ぐ失言」事案として一括処理されていること)は、事態を見えにくくしているばかりでなく、新聞読者やテレビ視聴者に不必要な腹部膨満感をもたらしている。

 実にばかげた事態だと思う。

 はじめから説明するのも面倒なので、以下、この2日ほどの間に投稿した自分のツイートを引用する。

 《河野防衛大臣の「雨男」発言を謝罪に追い込んだのは悪手だと思う。こんなゴミみたいなジョークの揚げ足を取っても、メディアの手柄にはならないし、野党の実績にもならない。ただただ政権側に「メディアの切り取りってウザいよね」という印象を広める絶好の宣伝機会を与えている。バカすぎる。
午後6:38 ・ 2019年10月29日

 《河野防衛相の世にもくだらないジョークに鬼の首を取った的な反応を示した結果、同時期の萩生田文科相によるいわゆる「身の丈」発言への追及も同じ「揚げ足取り」と見られてしまっている。萩生田発言は「教育の機会均等」を全否定する深刻かつ重大な暴言だったのに、だ。
午後6:47 ・ 2019年10月29日

 《考えの足りない調子ぶっこいた世襲のバカ大臣が、場違いなジョークをカマして赤っ恥をかいた案件と、文部科学行政全般に対して狂った予断を抱いている暴君志向のヤンキー大臣が、格差容認思想を露呈してみせた案件を一緒くたにしてはいけない。バカはバカ。悪は悪。きちんと分けて処理してほしい。
午後6:55 ・ 2019年10月29日

 一連のツイートで私が言いたかったのは、単なる「口が滑った」カタチの失言に過ぎない河野防衛相のケースと、看過できない凶悪な本音を思わず露呈してしまった結果である萩生田文科相の暴言では、意味や重さが違うということだ。であるから、今回、これら二つの失言を「新任の大臣の不適切発言」という雑なタグにまとめて同一視して恥じなかったメディアの愚かさには心底から失望した。

 河野大臣のスピーチについて申し上げるなら、たしかに、言葉の選び方において無神経だとは思う。

 だが、それだけの話だ。
 「つまらないジョークだった」
 「センスがなかった」

 というツッコミも各方面から入っているし、私もたしかにその通りだとは思う。

 だが、ジョークがスベった程度のことがいったい何の罪だというのだろうか。

 ジョークはスベるものだ。

 最高級に洗練されたジョークであっても、それが通じない聴衆の前ではスベることになっている。