なにより悲しく思うのは、日本人の多数派が、本心ではアートに心を許していないことだ。

 JNNが実施した世論調査によれば、「あいトリ」への文化庁による補助金の不交付の決断については「適切だった」とする回答が「不適切だった」を上回って46%に達したのだという。

 なんと寂しい結論だろうか。

 私は、この結果を見て、しばらくしょんぼりしてしまった。

 とはいえ、世論調査をすれば、こういう結果が出ることは、あらかじめわかりきっていた話でもあるわけで、私としては、むしろアートに「世論」を対峙させる形の設問をあえて世論調査の中に含めてきた報道機関の意図のありかたに、底知れぬ気持ちの悪さを感じている。

 商品市場は多数者による支配であってかまわない。

 選挙もレギュレーション次第ではあるが、多数者が少数者を抑えるべきステージなのだろう。

 しかし、アートは、そもそもが少数者のためのものだ。

 美術館に日常的に通う日本人は、たぶん、総人口の5%にも届かないはずだ。

 オペラも同様だ。

 文楽や浄瑠璃や歌舞伎にしても地唄舞でも同じことだろう。

 95%の日本人は、オペラがこの世界から消えてたところで何も感じないし、現代アートという分野がまるごと根こそぎ焼け跡になってもひとっかけらも悲しい思いを抱かないだろう。

 でも、残りの5%の人間は、生きるための手がかりを失って途方に暮れることになるはずだ。

 そして、ここが大切なところなのだが、誰であれ、自分が心から愛情を捧げている対象に関しては、世間の多数派から見て5%に当たる少数派に分類されてしまうものなのである。

 表現の自由は、美しい表現や正しい主張を守るために案出された概念ではない。多数派に属する大丈夫な人たちの権益を守るための規定でもない。むしろ、美しくない作品に心惹かれる必ずしも正しくない異端の人々の生存にかかわるギリギリの居場所を確保するために設けられている避難所のようなものだ。

 その避難所を、私たちは、自分たちの手で閉鎖しようとしている。

 そしてあらゆるタイプの少数者の娯楽をすべてにおいて、95%に属する側の人間たちが焼き尽くした時、多様性を失った世界は、穴をあけられた混沌と同じく、突然死することだろう。

 あまりに不吉な近未来なので、いっそ口に出して明言しておくことにしました。

 予感が当たった時に、ちょっとだけうれしいかもしれないので。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

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 「ア・ピース・オブ・警句」連載中の人気コラムニスト、小田嶋隆。電通を飛び出して広告クリエイティブ企画会社「TUGBOAT(タグボート)」を作ったクリエイティブディレクター、岡康道。二人は高校の同級生です。

 同じ時代を過ごし、人生にとって最も苦しい「五十路」を越えてきた人生の達人二人と、切れ者女子ジャーナリスト、清野由美による愛のツッコミ。三人の会話は、懐かしのテレビ番組や音楽、学生時代のおバカな思い出などを切り口に、いつの間にか人生の諸問題の深淵に迫ります。絵本『築地市場』で第63回産経児童出版文化賞大賞を受賞した、モリナガ・ヨウ氏のイラストも楽しい。

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