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 この半月ほど、お笑いタレントが舞台やネット動画コンテンツの中で披露したネタが炎上するケースが連続している。

 まず話題になったのは、女性コンビのAマッソのケースだ。9月22日に開催されたお笑いライブのステージで、「大坂なおみに必要なものは」「漂白剤」といったネタがあったとして、ネット上で批判が集中し、所属事務所のワタナベエンターテインメントが謝罪。大坂側にも謝罪したと報じられた

 この騒動が呼び水となった形で、
「もっとひどいネタがあるぞ」
「こっちは問題じゃないのか」

 といった声とともに引用されて炎上したのが吉本興業所属の芸人「金属バット」の漫才だ。

 こちらのケースは動画がそのままアップされていることもあって炎上の度合いは、より激しいものになった。

 内容は、わざわざ書き起こす気持ちになれない。リンクした記事の中で詳しく紹介されているので興味を持った読者は参照してほしい。動画の方もひと工夫して検索すればまだ見つかると思う。確認のために視聴したい向きはサルベージしてみるのもよいだろう。

 もう一つ、これまた吉本興業所属の「ナインティナイン」のメンバーである岡村隆史氏による、執拗な素人いじりが蒸し返されて話題になっている。

 これについても、詳しくはリンク先の記事を読んだ方がベターだ。私自身もこんなネタに手間をかけたくない。うんざりだ。

 ほんの半月ほどの間に、お笑いの関係者による差別の話題が立て続けに3件も炎上を呼んでいる。

 異様な状況だ。

 本稿では、個々のネタの差別性をネチネチと指摘することは避けて、にわかに炎上案件が続発している理由について考えてみようと思っている。

 お笑い関係者やお笑いのファンの人々が異口同音に拡散しているのは、

  1. 21世紀にはいって、コンプライアンスやらポリティカル・コレクトネス(以下「PC」と略称します)やらの基準がやたらときびしくなって、芸人は思い切ったネタをやりにくくなっている。
  2. インパクトのある笑いを提供できない現在のメディアの状況は、まさに芸人殺しだ。

 といった感じの、炎上の原因を、お笑いをめぐる外部環境の変化に求めるご意見だったりする。

 これは、はっきりと否定しておきたい。

 確かに、20世紀のテレビでは普通に流れていた「保毛尾田保毛男」のコントが、2017年に回顧ネタとしてオンエアされた時に大炎上したケースを見ても分かる通り、地上波テレビにおけるPCの基準は、時代の要請に沿って厳格化している。

 ただ、これは、演芸なりメディアなり時代思潮なりを観察するタイムスケールを調節すれば済む話で、時代によってタブーや禁制の基準や厳しさが変化するのは当然だ。早い話、江戸時代には「道徳」だった「仇討ち」は、現代の法制度のもとでは明らかな「犯罪」になっている。武士の矜持を示すべく、娘を岡場所に売ったカネで謂われのない借金を返済する落語の「柳田格之進」のような噺も、現代の聴衆が素直に「美談」として受け止めにくくなっている事情も、仕方のないことだ。時代が進めば、国民感情や義理人情のみならず、倫理道徳や人権感覚も変化する。であるからして、その変化にともなって、舞台上でウケるネタも変わるという、それだけの話ではないか。

 ……というここまでの話は、とはいえ、お約束の建前論だ。

 えらい有識者の先生方がすでに色々なメディアから発信している話を繰り返してごらんにいれたにすぎない。

 私が、本当にお伝えしたいのは、この先の話だ。