で、そのチキンな編集長と何年か付き合ううちに、私は、
「言論弾圧は、なによりもまずチキンハートな人間の心の中ではじまるものなのだな」

 ということを学んだ。

 今回、私は、8月以来、ほぼ丸々2カ月にわたって、「あいトリ」の問題に関して沈黙を守ってきた自分が、つまるところチキンだったことを思い知らされた。

 私が黙っていたのは、私がチキンだったからだった。

 いま私が思っているのは、あの8月はじめの河村市長のケチな妄言からはじまった小さな騒動を、これほどまでに将来に禍根を残すに違いない深刻な弾圧事案に成長させてしまったのは、私を含めたほとんどすべての日本人が、実にどうしようもないチキンだったからだということだ。

 反省せねばならない。

 今回は、実は、昨今のお笑い芸人があからさまな差別ネタを、「たたかってる」「トンがってる」「ギリギリのところ狙ってる」と思い込んでいる傾向やその事例について考察するつもりでいて、半分ほどまでは原稿も出来上がっていたのだが、あまりにもとんでもないニュースがはいってきたので、急遽テーマを差し替えることになった。

 面白いのは、今回の記事の最終的な結論が、当初書くつもりでいた原稿の結論とそんなに違わないところだ。

 おそらくあらゆる表現の限界は、国民の粗暴さと臆病さが交差する場所に着地することになっている。

 厄介なのは、ある人々が粗暴になればなるほど、別の人々が臆病になることで、それゆえ、表現の限界は、どうかすると平和な時代の半分にも届かない範囲に狭められる。

 私個人は、なるべく臆病にならないように注意したい。いまのような時代は特に。

 臆病さを避けながら粗暴にならずにいることはなかなか難しいミッションなのだが、なんとか達成したいと思っている。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

小田嶋隆×岡康道×清野由美のゆるっと鼎談
「人生の諸問題」、ついに弊社から初の書籍化です!

 「最近も、『よっ、若手』って言われたんだけど、俺、もう60なんだよね……」
 「人間ってさ、50歳を超えたらもう、『半分うつ』だと思った方がいいんだよ」

 「令和」の時代に、「昭和」生まれのおじさんたちがなんとなく抱える「置き去り」感。キャリアを重ね、成功も失敗もしてきた自分の大切な人生が、「実はたいしたことがなかった」と思えたり、「将来になにか支えが欲しい」と、痛切に思う。

 でも、焦ってはいけません。
 不安の正体は何なのか、それを知ることが先決です。
 それには、気心の知れた友人と対話することが一番。

 「ア・ピース・オブ・警句」連載中の人気コラムニスト、小田嶋隆。電通を飛び出して広告クリエイティブ企画会社「TUGBOAT(タグボート)」を作ったクリエイティブディレクター、岡康道。二人は高校の同級生です。

 同じ時代を過ごし、人生にとって最も苦しい「五十路」を越えてきた人生の達人二人と、切れ者女子ジャーナリスト、清野由美による愛のツッコミ。三人の会話は、懐かしのテレビ番組や音楽、学生時代のおバカな思い出などを切り口に、いつの間にか人生の諸問題の深淵に迫ります。絵本『築地市場』で第63回産経児童出版文化賞大賞を受賞した、モリナガ・ヨウ氏のイラストも楽しい。

 眠れない夜に。
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 この本をどこからでも開いてください。自分も4人目の参加者としてクスクス笑ううちに「五十代をしなやかに乗り越えて、六十代を迎える」コツが、問わず語りに見えてきます。

 あなたと越えたい、五十路越え。
 五十路真っ最中の担当編集Yが自信を持ってお送りいたします。

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