さてしかし
「もう少し事態が落ち着くのを待とう」
「自分がいま感じているもやもやとした感慨が、よりはっきりとした見解として像を結ぶまでは、うかつな関与は禁物だ」

 とかなんとか思っているうちに、「あいトリ」をめぐる事態は、日を追って混迷を深め、さらに関与の難しい局面に立ち至っていたわけなのだが、つい昨日(9月25日)になって
《愛知県の大村秀章知事は25日、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の在り方を検証する同県設立の有識者委員会で、中止した企画展「表現の不自由展・その後」について、会期終了の10月14日までに「条件を整えた上で再開を目指したい」との考えを明らかにした。》
 という記事
が配信されてきた。

 なるほど。膠着していた事態がようやく動きはじめたようだ。してみると、今後は、多少とも前向きな形でこの話題に言及する余地ができたのかもしれないな……などと、私は、愚かな楽観を抱きはじめていた。

 ところが、昨晩のニュースにおっかぶせる形で、今朝になって
《文化庁、あいちトリエンナーレへの補助金を不交付の方針》
 という驚天動地のニュースが流れてきた。

 いや、このニュース
を受け止めるにあたって、「驚天動地」などという言葉を持ってきている態度が、そもそもヌルいのかもしれない。

 なぜというに、いま起こっている事態は、これまでの経緯を注意深く観察してきた人間には、十分に予測できた展開だからだ。

 私自身、この展覧会を契機に、あらゆる事態がとんでもない速度で悪化しつつあることは感じ取っていた。

 じっさい、第一報を伝えたNHKのニュース
 も、この展開を事前に予測していた人間が書いたかのような体裁で書かれている。

 本当は、みんなわかっていたのだ。

 私自身も、実は、わかっていた。ただ、目をそらしていただけだ。深刻な事態が進行していることを、十分に感知していたからこそ、私は、何も言えなくなっていた。つまり、ビビっていた。そういうことだ。

 ことここに至って、目が覚めた。