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 あいちトリエンナーレ2019をめぐる一連の騒動に関して、これまで、私は、積極的な発言を避けてきた。

 理由は、この話題が典型的な炎上案件に見えたからだ。

 ヘタなカラみ方をすると火傷をする。だから、じっくり考えて、さまざまな角度から事態を観察しつつ、自分なりの考えがまとまるまでは、脊髄反射のリアクションは控えようと、かように考えて関与を回避してきた次第だ。

 当人としては、これはこれで、妥当な判断だったと思っている。

 とはいうものの、いま言ったことが、弁解に過ぎないと言われたら、実は、反論しにくい。

「単にビビっただけだろ?」

 という最もプリミティブなツッコミにも、うなだれるほかに、うまいリアクションがみつからない。

 じっさい、私がビビっていたことは事実だからだ。

 「私なりの考え」程度の直感的な見解は、問題が発生した当初から、頭の中にあれこれ浮かんでいた。

 それを外に向けて表明しなかったのは、正直に告白すれば、殺到するであろう賛否のコメントや、無関係なところで発生するに違いない魔女狩りじみた欠席裁判に対応するのが面倒くさかったからだ。圧倒的な物量でもって押し寄せるクソリプの予感は、時に良心的な論者を黙らせる。これは、認めなければならない。

 あいちトリエンナーレ(以下、「あいトリ」と略します)以外の、さまざまな出来事やニュースに対して、かねて、私は、軽率に発言することを旨としてやってきた人間だ。ここでいう「軽率」というのは、言葉のあやみたいなもので、もう少し丁寧な言い方で言えば、私は、どんな問題や出来事に対してであれ、専門家の分析や有識者の見解とは別の、「素人の感想」を述べておくことがコラムニストに課せられた役割のひとつであると考えているということだ。

 素人のナマの感想は、往々にして勘違いや認識不足を含んでいる。それ以上に、素人が直感的な見解を表明することは、恥ずかしい偏見やあからさまな勉強不足を露呈する危険性と背中合わせだ。それでも、素朴な感想には素朴な感想ならではの価値があるはずだと私は考えている。というのも、愚かさや偏見や勉強不足も含めて、この世界を動かしている主要な動力は、つまるところ「素人の感想」の総和なのであって、そうであればこそ、それらをあえて表明することで恥をかく人間がいないと、言論の世界を賦活することはできないはずだからだ。