多くの勤勉な日本人は、無駄な努力であっても何もしないよりはマシだと考えている。
また、われわれはそう考えるべく育てられてきている。
今回のあまりにも無駄な暑さ対策の発案と実験とその報道の連鎖は、そこのところからしか説明できない。
おそらく組織委の中の人たちは、
「ただ手をこまねいているよりは、たとえ役に立たなくても何かにチャレンジすべきだし、そうやって自分たちの身を捧げるのが主催者としての覚悟の見せどころだ」
てな調子でものを考えている。
なんと愚かな態度だろうか。
仮に、結果として、その努力が何の成果をもたらさなくても、彼らは、自分たちが努力をしたというそのこと自体が、自分たちを高め、結束させ、より高い次元の人間に成長させてくれるはずだと信じている。
でも、それはウソだ。
残念だが、真っ赤なウソだ。
以下に述べることは、私個人の考えに過ぎないと言ってしまえばそれまでの話なのだが、ここまで書き進めてきた以上、強く断言するのが行きがかり上の必然だと思うので、以下、断言しておく。
私は、無駄な努力は人間を浅薄にすると思っている。
無駄な努力は有害だとも考えている。
賛成できない人は賛成してくれなくてもかまわない。
どっちにしても、私は自分の考えを改めるつもりはない。
われわれの国を悲惨な敗戦に導いた愚かな軍隊を主導した人たちは、「松根油」という愚かな油を精製するべく必死の知恵を絞ってみたり、国民の鍋釜を供出させることで戦闘機を生産しようとしたり、ほかならぬ兵隊の生命身体そのものを武器弾薬とする寓話的なまでに愚劣な作戦行動に「神風特攻」という滑稽なタイトルを付けたりなどしつつ、最終的には負けるべき戦いを負けるべくして負けたわけなのだが、今回もまたわたしたちの愚かな組織委員会は、主要な人的資源をボランティアに頼りながら、ぶっかき氷と人工降雪機と朝顔による暑熱対策で8月の猛暑を乗り切り、3000万首都圏民による生活排水と糞便が随時流れ込む港湾内でのオープンエアスイミング競技の開催をなんとか無事に取り回し切るつもりでいる。
われわれは、またしても愚かな失敗を繰り返そうとしている。
「無駄な努力であっても、何もしないよりはマシだ」
というわれら勤勉な日本人の多くが囚われているこの妄念を捨てない限り、来たる2020東京五輪は無駄な努力の品評会に終わるはずだ。
そして、われら多数派の日本人ならびにいろいろなことをあきらめた日本人は、それらの無駄な努力の上に打ち立てられた無残な失敗の金字塔を、美しい思い出として振り返るわけなのだな。
ああいやだ。
(文・イラスト/小田嶋 隆)
小田嶋隆×岡康道×清野由美のゆるっと鼎談
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「ア・ピース・オブ・警句」連載中の人気コラムニスト、小田嶋隆。電通を飛び出して広告クリエイティブ企画会社「TUGBOAT(タグボート)」を作ったクリエイティブディレクター、岡康道。二人は高校の同級生です。
同じ時代を過ごし、人生にとって最も苦しい「五十路」を越えてきた人生の達人二人と、切れ者女子ジャーナリスト、清野由美による愛のツッコミ。三人の会話は、懐かしのテレビ番組や音楽、学生時代のおバカな思い出などを切り口に、いつの間にか人生の諸問題の深淵に迫ります。絵本『築地市場』で第63回産経児童出版文化賞大賞を受賞した、モリナガ・ヨウ氏のイラストも楽しい。
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五十路真っ最中の担当編集Yが自信を持ってお送りいたします。
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