全8602文字

 ツイート内で指摘した「旭日旗をスタジアムに持ち込むことの是非」の部分とは別に、今回のやりとりの中で重要なのは、「そもそもこの問題の発端はどこにあったのか」というお話だったりする。

 これは、なかなか厄介な話で、「発端」に当たる事実は、細かい事実を拾っていけば、どこまでもさかのぼることができる。

 であるから、「そもそも」という接頭辞の後に、より古い発掘話を提示してみせることで、少なくとも、その場の論争における形式上の勝利はゲットできてしまう。

 と、この論争には結末がないことになる。つまり、「論争が続いている」(←言い換えれば「いまだに決着していない」)状態を引き延ばすことで利益を得る側が、論争を断念しない限り、この種の論争は永遠に続くわけだ。なんと不毛な活動だろうか。

 思えば、「関東大震災における朝鮮人虐殺の有無」などは、この手法(つまり、出典の怪しい「そもそも」の資料を次々と持ち出すことによって「論争」を引き延ばす手法)によって、朝鮮人虐殺という「史実」を、「論争継続中の事案」すなわち「両論併記で処理すべき虚実不明の事件」に持っていくことに半ば成功してる。かように、不毛な論争に付き合うことは、それだけで極論家に有利なポジションを与えることになる。このことに注意せねばならない。

 さて、ごく短いタイムスパンでの話をすれば、五輪組織委が、「旭日旗の競技会場への持ち込みを禁止しない」という昨今の国際常識から考えて異例な決断を公表するに至った理由は、そもそも五輪組織委に「旭日旗の競技場への持ち込み禁止」の申し入れを持ち出してきたのが、韓国国会の文化体育観光委員会だったからだと思われる。しかも韓国側は、同時にIOCにも同じ働きかけをしている。

 この数ヶ月間の日韓関係を鑑みるに、日本側が、韓国側から一方的に求められた要求に対して、素直に従うことは考えにくい。仮に韓国側からの申し入れが、真っ当なものであったのだとしても、こちら側としては、
 「現今の日韓関係において、相手側の言い分をあっさり承諾することは、外交上の失点になる」

 という感じの判断が先行してしまうからだ。

 実際のところ、五輪組織委のメンバーの中にも、今回の韓国側の申し入れが、穏当で常識的な要求であることを承知している人間はたくさんいるはずだ。なにしろ、スタジアムでの政治宣伝は、昨今、国際的なスポーツ団体が等しく悩まされている問題だ。民族融和と国際交流の場であり、世界平和を推進するための重要な機会として語られることの多い競技スポーツの観客席は、その一方、世界各地で、政治宣伝や民族差別感情を煽るための拠点として活発に利用されている。宗教対立や階級間の反発をスタジアムに持ち込む人々が、それぞれに自分たちの立場をシンボライズした旗やプラカードを持ち込む例も後をたたない。

 であるから、近年、FIFAをはじめとする競技団体は、その種の政治宣伝に用いられる旗やシンボルを厳しく規制する方向で足並みを揃えている。

 わかりやすい一例として、2017年4月25日のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)グループステージ、水原三星(スウォン・サムスン、韓国)対川崎フロンターレの一戦で、川崎フロンターレのサポーターが応援の旭日旗を出した行為に対して、AFCが科した処分の内容とその背景について解説した記事にリンクを張っておく。

 本来、旭日旗のスタジアム持ち込みについての様々な議論は、この時点で決着がついている。

 細かい点でいまなおくすぶっている論点がいくつかあるといえばあるものの、大筋の結論は、この騒動の際に「カタがついて」いる。

 してみると、その、すっかりカタがついていたはずの話をいまさらのように蒸し返して持ち出してきた韓国側の今回のやり方は、あれは「いやがらせ」ではないのかと言えば、そういう見方も成り立つ。むしろ、彼らがこの話を持ち出してきたタイミングからして、「いやがらせ」の成分を含んでいなかったということは考えにくいと言ってもよい。

 とはいえ、日韓両国の関係が正常であれば、日本の五輪組織委とて、この程度の神経戦は、軽くスルーして、
 「おっしゃる通りですね。わかりました。旭日旗の持ち込みは禁止します」

 と、すんなり韓国側の申し入れを容認していたはずだ。

 ところが、現在の日韓関係は、明らかにどうかしている。

 てなことになると、五輪組織委としても、
 「ここですんなり韓国側の言いなりになったら、どれほど非難されるかわかったものじゃない」
 「匿名電話だの脅迫メールだのは、なんとか処理できるかもしれないけど、昨今の状況だと、官邸やら国交省やら外務省が圧力をかけてくるかもしれない」
 「というよりも、JOC(日本オリンピック委員会)の上の方の人たちが黙っていてくれないんじゃないかなあ」

 てな調子の「空気を読んだ」「忖度至上主義的な」判断に傾かざるを得ない。

 現実問題として、仮に旭日旗のヤバさを認識していたのだとしても、政権の意向を無視して自分たちだけが「いい子」になることはできない。よって、「断固として」「毅然として」韓国側からの「いやがらせの」申し入れを拒絶して、旭日旗の正当性を容認するという方向で対応することになる。もちろん、これは、むしろ韓国側の思うつぼなのだが、それもこれも、当面の「空気」にはかなわない。