こっち側からは、逆に
 「取材しないと一行も書けないのだとすると、あなたのしている取材というのは、そりゃ拾い食いとどこが違うんですか?」

 と言いたくもなる。

 この言い争いが不毛であることは分かっている。

 だからこれ以上は言わない。この場ではとりあえず、個々の書き手には、それぞれの書き方があって、それは多くの場合、途中から変更できるものではないということだけを申し上げておくことにする。

 ジャーナリズムの世界で働く人間は、取材結果を書き起こすことを何よりも重視する。であるから、記事の中に半端な「個人の感想」を付け加える態度を強く戒めてもいる。

 「最後のパラグラフは、全削除な。理由? お前の感想なんか誰も聞いてないからだよ」
 「いいか。取材したことだけを書け。足とウデだけで書け。アタマなんか使うな。分かったかタコ」
 「お前がお前のアタマで考えたことなんかには毛ほどの価値もないということをよく覚えておけこの腐れ外道が」

 てな調子で記者修行を積んできた人たちからすれば、個人の感想でメシを食っている人間は、よほど偉そうに見えるのだろう。

 実際、新聞記者の世界で、「個人の感想」を書く人間は、競争を経て論説委員の座を勝ち取った人間か、でなければ「天声人語」みたいな新聞コラムの書き手として抜擢されたエリート記者に限られる。

 そういう観点からすると、ひとっかけらの記者修行も経ていないまるっきりのド素人が、個人の感想を書き散らして糊口をしのいでいる姿は、見ていてムカつくものなのかもしれない。

 とはいえ、当たり前の話だが、私には私にできることしかできない。だから、私は結局のところ、自分にできるやり方で仕事をすることになるはずで、それができないのであれば諦めるほかにないと思っている。

 この半年ほどの闘病を経て、私は、自己決定と自己責任という物語にうんざりし始めている。

 具体的に言えば、自分にかかわるすべてを自分が決めるべきだという考え方に、ある安っぽさを感じるようになったということだ。

 とにかく、大事なことであれくだらないことであれ、なるようにしかならない。ということは、どうにもならないものはどうにもならないのだからどうしようもない。

 奇妙な結論になってしまったが、自分としては、これはこれで前向きな態度だと思っている。

 とにかく、私は自分のできることを、できる範囲で粛々とこなしていく所存だ。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

小田嶋隆×岡康道×清野由美のゆるっと鼎談
「人生の諸問題」、ついに弊社から初の書籍化です!

 「最近も、『よっ、若手』って言われたんだけど、俺、もう60なんだよね……」
 「人間ってさ、50歳を超えたらもう、『半分うつ』だと思った方がいいんだよ」

 「令和」の時代に、「昭和」生まれのおじさんたちがなんとなく抱える「置き去り」感。キャリアを重ね、成功も失敗もしてきた自分の大切な人生が、「実はたいしたことがなかった」と思えたり、「将来になにか支えが欲しい」と、痛切に思う。

 でも、焦ってはいけません。
 不安の正体は何なのか、それを知ることが先決です。
 それには、気心の知れた友人と対話することが一番。

 「ア・ピース・オブ・警句」連載中の人気コラムニスト、小田嶋隆。電通を飛び出して広告クリエイティブ企画会社「TUGBOAT(タグボート)」を作ったクリエイティブディレクター、岡康道。二人は高校の同級生です。

 同じ時代を過ごし、人生にとって最も苦しい「五十路」を越えてきた人生の達人二人と、切れ者女子ジャーナリスト、清野由美による愛のツッコミ。三人の会話は、懐かしのテレビ番組や音楽、学生時代のおバカな思い出などを切り口に、いつの間にか人生の諸問題の深淵に迫ります。絵本『築地市場』で第63回産経児童出版文化賞大賞を受賞した、モリナガ・ヨウ氏のイラストも楽しい。

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 この本をどこからでも開いてください。自分も4人目の参加者としてクスクス笑ううちに「五十代をしなやかに乗り越えて、六十代を迎える」コツが、問わず語りに見えてきます。

 あなたと越えたい、五十路越え。
 五十路真っ最中の担当編集Yが自信を持ってお送りいたします。

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