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 私は、吉本興業には、もはや何も期待していない。

 むしろ、吉本興業と取引している関係各方面の公的な組織や企業や人々が、今回の事態を受けて、どんな判断をするのかに注目している。

 彼らがまったく判断を変えないのだとしたら、この国の社会は、たぶん、永遠に変わらないだろう。

 私が今回、世間を騒がせている吉本興業関連の話題の中から、わざわざ「家族」の問題を切り出して主題に持ってくる判断を下したのは、自分のツイートへの反応をひと通り眺めた上で、あらゆる人間関係を「家族」のメタファーでしか考えられない人間が思いのほかたくさんいることに気づいたからだ。

 あるタイプの人々は、「家族の物語」を軽視する発言にひどく腹を立てる。

 というのも、彼らのアタマの中では、「家族的な価値」「拡大家族としての仲間のかけがえのなさ」「家族的原理の拡大の彼方にある国家という枠組みの快さ」みたいなストーリーが想定されているからだ。

 彼らの妄想の中では、「家族の物語」が毀損されると、その家族の延長として想定されている「国家」までもが、崩壊の危機に瀕することになっている。

 ついでに申せば、彼らの言う「家族」は、旧民法が規定していたところの「家」概念に基づく、封建家族そのままであり、現在の政権の閣僚(ほぼ全員が「日本会議」のメンバーと重複している)が、改憲を通じて再現しようとしている「家族」も、ほぼ同じシステムだったりする。

 私自身は、自分のことを「家族」に限らず「集団」への帰属意識が薄いタイプの人間だと思っている。

 それゆえ、「地域」「国家」「会社」「母校」といった、枠組みの大小はどうであれ「人間の集団」にはいつも距離を感じてきたし、「絆」「同志愛」「愛社精神」「チームスピリッツ」「愛国心」のような感情の強要には、時にあからさまな抵抗を示してきた。

 こうした点を踏まえて、公平な言い方をするなら、私自身、自分が「家族」や、人間の集団に関して感じている警戒心を、ごく普通の感覚だと言い張ることはできないと思っている。

 たぶん私の帰属意識は、特例に属する特殊な感覚なのだろう。
 とはいえ、私のこの「特殊」な感覚が、それはそれとして尊重されるのでなければ、民主主義の社会は、長続きしないはずだ。

 人間の集団は、常に同調できない人間を含んで運営されるべきものだ。

 つい昨日、地上波民放の在京キー局5社が共同制作した「一緒にやろう2020」というプロジェクトの公式映像を見て、その気持ちの悪さにしばらく絶句したことを告白しておく。
 来年のオリンピックが来るまで、この空気が続くのかと思うと、胸が苦しい。
 あるいは来年以降もずっと続くのだろうか。

 まあ、仕方がない。

 先のことは考えないようにしよう。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

小田嶋隆×岡康道×清野由美のゆるっと鼎談
「人生の諸問題」、ついに弊社から初の書籍化です!

 「最近も、『よっ、若手』って言われたんだけど、俺、もう60なんだよね……」
 「人間ってさ、50歳を超えたらもう、『半分うつ』だと思った方がいいんだよ」

 「令和」の時代に、「昭和」生まれのおじさんたちがなんとなく抱える「置き去り」感。キャリアを重ね、成功も失敗もしてきた自分の大切な人生が、「実はたいしたことがなかった」と思えたり、「将来になにか支えが欲しい」と、痛切に思う。

 でも、焦ってはいけません。
 不安の正体は何なのか、それを知ることが先決です。
 それには、気心の知れた友人と対話することが一番。

 「ア・ピース・オブ・警句」連載中の人気コラムニスト、小田嶋隆。電通を飛び出して広告クリエイティブ企画会社「TUGBOAT(タグボート)」を作ったクリエイティブディレクター、岡康道。二人は高校の同級生です。

 同じ時代を過ごし、人生にとって最も苦しい「五十路」を越えてきた人生の達人二人と、切れ者女子ジャーナリスト、清野由美による愛のツッコミ。三人の会話は、懐かしのテレビ番組や音楽、学生時代のおバカな思い出などを切り口に、いつの間にか人生の諸問題の深淵に迫ります。絵本『築地市場』で第63回産経児童出版文化賞大賞を受賞した、モリナガ・ヨウ氏のイラストも楽しい。

 眠れない夜に。
 めんどうな本を読みたくない時に。
 なんとなく人寂しさを感じた時に。

 この本をどこからでも開いてください。自分も4人目の参加者としてクスクス笑ううちに「五十代をしなやかに乗り越えて、六十代を迎える」コツが、問わず語りに見えてきます。

 あなたと越えたい、五十路越え。
 五十路真っ最中の担当編集Yが自信を持ってお送りいたします。