全6493文字

 吉本興業関連の話題に食傷している人は少なくないはずだ。

 私もその一人だ。

 例の岡本昭彦社長の会見の冒頭部分の15分ほどを傍観した時点で、はやくも腹部膨満感を自覚した。以来、このニュースを視界から遠ざけている。

 テレビに関しては、この4月からの断続的な入退院を通じて、ほぼ完全に視聴習慣を喪失した。

 それゆえ、テレビ番組側のコンテンツとしての出来不出来はともかくとして、画面の中を流れるあの水中バレエじみたまだるっこしい時間の経過に追随できなくなっている。

 よって、視聴の必要を感じた番組については、一旦録画して、随時早送り可能なコンテンツに変換した上で、順次咀嚼吐出している。ナマでダラダラ付き合うことは、おそらく、この先、一生涯できないと思う。

 2年ほど前、とある仕事の打ち合わせで同席した30代とおぼしき編集者が
「テレビはあんまりノロマ過ぎて見ていられないです」
 と言い放つのを聞いた時、私は
「この若者はどうしてこんなにもあからさまに利口ぶっているのであろうか」

 と思ったものだったのだが、今にして思えば、彼の観察は正しかった。

 間違っていたのは当時の私の方だった。

 つまり、地上波テレビの瀕死のナメクジみたいな時間感覚にアジャストできていた私の脳みそは、あの時点で既に瀕死だったということだ。

 実際、まるまる2カ月間、地上波テレビの視聴から隔離された環境で過ごして、久しぶりにナマで流れているひな壇形式のスタジオバラエティーに直面してみると、心底びっくりさせられる。

「おい、このノロさとものわかりの悪さはなんだ?」
「画面の中でしゃべくっているこの人たちは、どうしてわざわざアタマの悪いふりを続行しているのだろうか」
「誰かが言ったセリフを、スタジオ中の出演者が何度も繰り返し確認しながら話を展開していくこの猛烈にクドい対話手法は、令和になって新たに定められたロンド形式の儀式か何かなのか?」

 てな感じで、私は、5分以上視聴し続けることができない。

 吉本興業の話題についても同様だ。

 どこからどう見ても典型的にアタマの悪いスタジオ出演者たちが、わかりきった話を、どうにも質の低い表現で繰り返し議論しているのを、ただただ口を挟むこともできずに聞かされる視聴経験は、時間の無駄である以上に、拷問だ。