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 そろそろ結論を述べる。

 2日ほど前、以下のようなツイート
を書き込んだ。

《若い頃、自分が投票に行かなかった理由は、信頼できる政治家や支持できる政党を見つけられなかったからなのだが、20年ほど前から投票するようになったのは、「きらいな候補者を落選させ、不快な政党にダメージを与えるためには、当面、誰に投票すれば良いのか」という視点を得たからだと思っている。16:30 - 2019年7月16日》

 このツイートは、意外に大きな反響を呼んで、これまでのところ、約4000件のRTと、7000件以上の「いいね」を獲得している。

 反応してくれた人の全員が共感を抱いてくれたとは思っていないのだが、こういう考え方で投票するのもアリだという感想を通じて、何人かの投票回避派が、投票所に赴いてくれたらうれしい。

 ことのついでに、絵に描いたような建前論を述べるなら、投票は、最も簡単で有効な政治参加だ。

 その意味で、「投票」は「開票」で終了する動作ではない。
 「選挙」自体も、「当落の決定」をもって決着するイベントではない。
 政治における選挙の意味は、むしろ選挙期間が終わって、当選した議員が政治家としての第一歩を踏み出した時にはじまると言い換えてもよい。

 じっさい
「あいつはオレが投票した議員だ」
 ということになれば、おのずと見る目も違ってくる。
 選挙の面白さは、投票した人間の思考や行動パターンが、ほかならぬ自らの投じた一票によって微妙に変化するところにある。

 であるからして、選挙の時点で「死に票」を投じたのだとしても、一票の意味そのものは死なない。

 投票した人間は、次の選挙までの間、自分の選挙区から選出された議員の一挙手一投足を、投票に行かなかった有権者よりはずっと真剣な目で監視することになる。