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 上のツイートを書いた同じ日に、私は、引き続き以下のツイートを連投している。

《私自身、投票に行かなかった時代、何がいやだといって上から説教されるのが一番不快でした。現状を把握できていない若者がいないとはいいませんが、彼らを投票から遠ざけている最大の理由は、日常の中で政治が忌避されているからです。選挙の時だけ「政治的になれ」と言われてもシラけます。6:48 - 2019年7月10日

《10~20代の若い世代は、同世代のコミュニティの中で「政治的に振る舞う人間は面倒くさい」という認識を共有しています。さらに就活や入試の面接では、「政治・宗教に関する話題はタブー」であることを強く印象付けられます。こういう中で暮らしている人たちに「選挙に行け」と言うこと自体無理です。9:59 - 2019年7月10日

 政治への忌避感を持たされているのは、平成生まれの若者に限った話ではない。
 この50年ほど、子供たちは、大人に成長していく過程の中で、最も身近な大人である両親や教師から、
「政治にはかかわらないほうが無難だぞ」
「政治について考えるのはかまわない。ただし、他人のいる場所で政治的な発言をすると必ず友達を失うことになることは覚えておいたほうがよい」
「いいかね。政治について語る人間とは距離を置くのが賢い処世なのだよ」

 てな調子で、こと政治と宗教については「知らないふり」「考えていないふり」を押し通しておくのが要らぬトラブルを避ける賢明な態度である旨をそれとなく聞かされながら育ってきた。

 そんなふうに、なにかにつけて
「目立つな」
「声をあげるな」
「黙って大勢に従ったふりをしておけ」
「本音とかは広告の裏にでも書いとけ」

 と言ってくるその大人たちが、あらまあびっくり、ひとたび選挙がはじまると態度を一変させて、
「政治は大切だよ」
 てなことを言い出す。

 もっとも子供たちに政治的な振る舞い方を要求するのは、彼らの身近にいるリアルな大人ではない。テレビに出てくる文化人や、新聞の紙面で説教を垂れている「有識者」と呼ばれる、たぶんに芝居がかったロール(役割)としての「大人」だ。

 彼らは
「投票を通じて自分の声を政治に反映させましょう」
「無投票、白票は、現体制への承認と同様に解釈されるのですよ」
「若い世代の投票率の低さが、老人優先の政策選択を招いています」
 てな調子で、作り声の政治賛美演説を押し付けてくる。

 言われる側の若者にしてみれば、
「うるせえ」
 と思わないほうがおかしい。