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 6月28日に開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の夕食会のあいさつのなかで、安倍首相は、大阪城へのエレベーター設置を「大きなミス」という言葉で表現した。

 無論のこと、この部分は、スピーチの末尾に配置したお定まりのジョークに過ぎない。

 が、結果を振り返るなら、このエレベーターに関するくだりは、会場に困惑をもたらしたのみで、ジョークとしては成功しなかった。

 夕食会にはいたたまれない空気が流れ、テーブルでスピーチを聴いていた首脳の多くは、高層エレベーターに乗った時に味わうあの耳閉感に似た感覚に苦しめられた。

 同時に、このこと(首相のジョークがスベったこと)は、わたくしども日本人の民族的自尊心をかなり致命的な次元で傷つけた。

 「ああ、オレたちはまだまだだ」
 「とてもじゃないが、外人さんの集まるパーティーになんか出られない」

 と、英語が不得手なこともあって、私もまた、あの場面にはわがことのようなダメージを受けた。

 今回は、ジョークがスベることの意味について考察したい。

 安倍さんを責めたいのではない。

 先に結論を述べておけば、私は、今回の安倍首相のスピーチは、見事な成功ではなかったものの、全体としては、必要な失敗だったと思っている。その意味では壮挙だった。

 国際舞台に立たされた日本人が、うまいジョークを言えるようになれるのであれば、それに越したことはない。

 しかしながら、日本人による国際ジョークの発信という難事業は、申すまでもないことだが、一朝一夕に達成できるミッションではない。

 可能であるにしても、この先、最低でも50年の下積みは覚悟せねばならない。

 サッカー男子の日本代表がW杯で優勝するのが先か、うちの国のリーダーが国際舞台で世界中のメディア視聴者から爆笑をとるのが先かと問われれば、私はまだしもサッカーの方が有望だと思っている。

 受けるジョークを言う前に、まず、私たちは、ジョークがスベった事態に慣れなければならない。

 紳士淑女をうっとりさせるシャレたジョークをカマせるようになるためには、まずたくさんスベって、上手に受け身を取れるようになっておく必要がある。そういうことだ。

 ジョークは、サッカーにおけるパスと同じで、出し手と受け手の間にあらかじめの合意が形成されていないと成功しない。

 その点で、わたくしども日本人は不利な立場にある。

 というのも、国際社会では
「ニッポン人がジョークなんか言うはずがない」
 というコンセンサスが、牢固として共有されているからだ。