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 もちろん脱税もけしからぬことだし、事務所を通さないで仕事を取ったこともほめられたことではない。

 ところが、芸能メディアは「事務所を通さなかったこと」こそが最大の汚点だったかのような見出しでこの事件を総括しようとしている。

 どこまで目玉が曇っているのだろうか。

 事務所を通すとか通さないとかのお話は、芸能界という結界の中だけでモノを言っている、インサイダーの掟に過ぎない。

 であるからして、事務所を通さなかったことは、事務所内で内々に処理すれば足りる、「社員の副業禁止違反」だとか「出張旅費の過剰申告」だとかとそんなに変わらない、会社員の逸脱に過ぎない。

 引き比べて、犯罪組織や犯罪者との交友や取引は、明白な犯罪であり、明らかな反社会的行為だ。

 にもかかわらず、芸能記者は、「事務所の内規」や「社員の心構え」や「芸能界の掟」にばかり着目する。

 結局、彼ら自身がジャーナリズムとは無縁の、業界内の廊下鳶に過ぎないことを自ら証明したカタチだ。

 能年玲奈さんが事務所を辞めて個人事務所を設立したときも、日本の芸能界ならびに芸能マスコミは、たったひとつの例外もなく「業界の掟」「芸能界の仁義」を守る方向で足並みを揃えて見せた。

 つまり、彼らは、憲法で保障されている基本的人権や、各種の法律がそれを許している移籍や営業の自由よりも、「昔ながらのしきたり」や「みんなが守っている不文律」や「いわずもがなの合意事項」を遵守する立場を選択したのである。

 結局、わが国の芸能マスコミは、御用記者を飼育する役割を果たすばかりで、芸能人の人権を守ることはもちろん、ファンに正しい情報をもたらすことすらできずにいる。

 当然、芸能記者と呼ばれる人々も、大手芸能事務所や影響力のあるプロダクションの鼻息をうかがって、提灯持ちの記事を書く日常活動以外では、色恋沙汰のスキャンダルに尾ひれをつけて放流する程度のことしかしていない。

 だからこそ彼らは、能年玲奈さんがほかならぬ自分の本名を名乗ることすらできずにいる信じがたい現状を「業界の慣習」の一言で容認してしまえるわけだし、元SMAPの面々があんな不自然なカタチで謝罪芝居を演じさせられたあの場面に関しても、一切ツッコミを入れることができなかった。

 今回の事件でもまったく同じだ。

 吉本興業のツルの一声であっさりと一度配信した記事を削除したことだけでも、メディアとしてあるまじき恥さらしだと思うのだが、その削除と再アップについて、いまに至るもしかるべき説明していない。

 この一点をもってしても、わが国の芸能メディアが、日本のエンターテインメント業界を正常化するための監視装置として機能していないことは明らかではないか。

 吉本興業も吉本興業で、まがりなりにも言論機関が自社の文責で配信した記事を、「誤報」であると決めつけておきながら、その件に関して謝罪はおろか、釈明さえしていない。

 どうしてこんな無茶が通るのかというと、結局、吉本興業が、ずっと昔からメディア業界において隠然たる(むしろ「顕然たる」と言うべきかもしれない)影響力を発揮しているコワモテの企業だからだ。

 「ヨシモトに睨まれたらこの業界ではやっていけない」

 と、関係者の多くが恐れおののいて、常にその顔色をうかがう存在だからこそ、吉本興業は、手前勝手なプレスリリースを出したり引っ込めたりしつつ、その矛盾点を誰にも指摘さえされずにいることができている。