「うちの国の熱帯仕様の夏にネクタイ着用が義務付けられている労働環境って、単なる拷問じゃね?」
 「だよな。こんなもの誰か影響力のあるファッションリーダーなり、政府の偉い人なりが、一言やめようぜって言えばみんな喜んでやめると思うんだけどな」
 「だよな」
 という声は、私が勤め人だった時代からオフィス内に充満していた。

 とはいえ、ノーネクタイでの勤務が可能になる時代がやってくることを、本気で信じている勤め人は、ほとんど皆無だった。

 それが、
 「クールビズ」という軽佻な和製英語とともに、オフィスの服飾革命はある日突然、わりと簡単に実現したのである。

 「いやあ、うちの会社も最近なんだかクールビズなんてことを言い出しましてね。個人的にはノーネクタイというのはいかにも気持ちが定まらない感じで困惑しておる次第なんですが」

 とかなんとか言いながら、人々は、徐々にネクタイを外しはじめた。

 さらに、当初は単にノーネクタイの白ワイシャツ姿の若手社員あたりから出発したクールビズは、やがて半袖開襟シャツや、無地のポロシャツをも容認する方向に拡大し、昨今では柄シャツで出勤する管理職すら珍しくなくなっていると聞く。

 こういう歴史を知っている者からすると、夏場の男のネクタイ以上に理不尽かつ有害で、のみならず健康被害の原因にさえなっている女性勤労者のパンプスやハイヒールについて、責任ある立場の人間が、そろそろ終了のホイッスルを鳴らして然るべきだと考えるのは、そんなに非現実的な願望ではない。

 ところが、根本大臣は
 「それ、ケース・バイ・ケースだよね」
 という逃げの答弁に終始してしまった。

 なんと残念な態度だろうか。

 根本さんの内部に、自分が日本のオフィスのドレスコード解放運動におけるリンカーンの立場に立つという野心は存在していないということなのだな。

 最後に余談をひとつ。

 フジテレビ系の「ワイドナショー」という番組の中で、MCの松本人志氏が、
 「凶悪犯は不良品だ」
 という趣旨の発言をした件について、フジテレビの石原隆取締役は6月7日の定例会見 の中で
 「差別的な意図はなかった」

 と説明している。

 この種の発言について「差別の意図の有無」を語ることには、あまり意味がない。

 というのも、差別的な発言は、発言者に差別的な意図があるかどうかとは関係なく、それを聞かされる側の人間を傷つけるからだ。であるから、むしろ、差別的な意図もないのに差別的な発言が漏れ出してしまうのは、発言者の中に確固たる差別意識が根を張っているからだ、というふうに考えなければならない。