要するに、あらゆる問題点を「職場の空気」ないしは「社会通念」に委ねているだけの話だったりする。
こんな答弁をするくらいなら
「尾辻委員のご質問は、職場ごとに当事者がケース・バイ・ケースで考えるべき課題であると考える。少なくとも私はお答えすべき立場にはございません」
と言った方が正直な分だけまだ誠実だった。
さて、大臣が、「社会通念」という言葉を使ってこの間の事情を語ったことは、当日の答弁にもうひとつ別のニュアンスを生じさせている。
というのも
「社会通念」
という言葉は、単なる「職場ごとの個別の事情」という着地点を超えて、
「社会に生きる者が等しく従うべきスタンダード」
さらには
「国民の義務」
あたりを示唆する空恐ろしい強圧を導き出して来かねない用語でもあるからだ。
実際、大臣の真意が
「職場の空気がそう命じているのなら、その空気に従うのが従業員の義務だ」
ということなのだとすると、この考え方は
「職場の空気がサービス残業を求めるのであれば、黙って働くのが賢明な社会人としての処世だわな」
「つまりアレだ。男性社員は育児休暇をとらないというのが暗黙のうちに共有されているジャパニーズビジネスマンのアンリトン・ルールだというわけだよ」
「っていうか、新入社員が有給全消化とか、単に喧嘩売ってる感じだしな」
「まあ、そこまでは言わないにしても、せめて有給の申請に当たっては一応それらしい理由で周囲を納得させるのが大人の知恵ではあるのだよヤナセ君」
といったあたりの奴隷道徳に至るまで、無限にエスカレートして行く。
実態に即した話をすれば、運送会社の出庫係にハイヒールを強制するのは、一般常識から考えて不当な服装規定だと思う。逆に、ホテルのフロア担当係がウエスタンブーツというわけには参らぬだろう。
ただ、ここに挙げた例は、あくまでも「個々の実例」にすぎない。逆に言えば、明確な回答が示せるのは、個々の具体的な職場に限定した、個別の質問に対してだけだったりもする。
ということは、
「パンプスあるいはハイヒールの強制はパワハラではないのか」
みたいな雑なくくりの質問には、誰が回答者であったとしても、答えようがない。
大臣(あるいは、答弁の原稿を書いた役人)の側からすれば
「そんな罠みたいな質問にひっかかってたまるかよ」
ということですらある。
実際、大臣の立場で
「パンプスならびにハイヒールは、現状のわが国の一般的な労働環境から推し量って、必ずしも着用を義務付けることが適当なアイテムであるとは考えない」
てなことを断言してしまったら、それはそれで一部の業界に多大な影響を及ぼしたはずだし、うっかりすると「炎上答弁」になった可能性がある。
ただ、個人的な見解を述べるなら、私は、根本大臣に、多少の炎上は覚悟の上で
「社会通念」
を変えるに至る、一歩踏み込んだ回答をしてほしかったと思っている。
というのも、「社会通念」は、万古不変の鉄則ではないわけだし、大臣というのは、その「社会通念」に風穴を開けることが可能な立場の人間だからだ。
政治家なり官僚が「社会通念」を変えた代表的な例として「クールビズ」がある。
正直なところを申し上げるに、私は、この官製ファッション用語の押し付けがましさ(あるいは「ドヤ顔感」)がどうしても好きになれないのだが、その一方で、この「上からの服飾改革運動」が、結果として日本のオフィスに顕著な変化をもたらしたこと自体は大いに評価しなければならないと考えている。
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