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 なんとなれば、
 「わたくしには『真意』といったようなものはございません」
 というのが、結局のところあの日の答弁を特徴づけている「真意」だったからだ。

 根本大臣は、
 「必要なものは必要だし、不必要なものは不必要だと考えます」
 という感じの、
 「白い雲は白い」
 「忘却とは忘れ去ることです」
 といったあたりの命題に等しい、人を食ったような観察を陳述したにすぎない。

 思うに、あえて読み解くべきポイントは、大臣答弁の中で「社会通念」というやや大げさな言葉を振り回したところにある。

 大臣の言う「社会通念」とは、つまるところ
 「職場世論の大勢」
 「暗黙の了解」
 「アンリトン・ルール」
 「時代思潮」
 「一般常識」
 「無言の圧力」
 といったあたりのあれこれを含めた、現実にわが国の職場のガバナンスを決定している「空気」のことだ。

 言うまでもないことだが、われわれの社会を事実上動かしている「空気」は
 「魚心あれば水心」
 「目配せと忖度」
 「ツーと言えばカー」
 といったコール&レスポンスによって醸成される
 「ルールなき強制」
 を含んでいる。

 この「空気による自律的ガバナンス」の問題点は、指揮系統が存在せず、文書主義が顧みられず、誰一人として結果責任はおろか説明責任すら果たしていない中で、謎の強制だけがゆるぎなく機能してしまっているそのがんじがらめの構造それ自体の裡にある。

 要するに、この日の大臣の答弁のなんともいえない気持ちの悪さは、職場のメンバーたるジャパニーズビジネスマンが、その、どうにもジャパニーズなヌエの如き同調圧力に従うべきであることを暗示したことから醸し出されているもので、だからこそ一部の新聞はあえて底意地の悪い解釈で見出しを打ってみせたのである。

 一方、尾辻議員は、おそらく、わが国の労働現場が、服務規程なり職場規則なりといった成文化されたルールによってではなく、戦前の隣組じみた謎の同調圧力に支配されている現状を憂慮している。だからこそ彼女は、一部で盛り上がりつつある、KuToo運動に、大臣がエールを送ってくれる展開を(ダメ元で)期待した。

 で、
 「職場の空気だの社会通念だのみたいな、現場の同調圧力に丸投げにするんじゃなくて、ここはひとつ大臣としての公式見解を出してくださいよ」
 という、いささか芝居がかった質問を持ち出したのだと思う。

 つまり、尾辻議員は、大臣に
 「鶴の一声」
 を求めた。

 ところが、大臣は自身の見解を明らかにしなかった。

 その代わりに木で鼻をくくったような一般論を並べ立ててみせた。

 っていうか、根本氏は
 「そのへんは、まあ、職場の空気次第だわな」
 という、実に身も蓋もないオヤジの世間話を投げ返して寄越したわけだ。

 大臣の回答を俗に噛み砕いた言い方に翻訳すると
 「それぞれの職場で必要だと判断されたのであればそれは必要だということなのであろうし、不要と判断されたのであればそれは不要だということなのではないかと愚考いたします」
 といった調子の同語反復に着地する。