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 編集者は著者をリスペクトしなければならない。

 これは、寿司屋が寿司ネタを足で踏んではいけないのと同じことで、彼らの職業の大前提だ。

 しかも、執筆中の書き手は、どうにも扱いづらい困った性格を身に着けている。

 私の場合について言えば、原稿を書いている時の私は、自信喪失に陥っていたり自己肥大していたりして、気分が安定していない。しかもそんなふうに自己評価が乱高下している状態でありながら、プライドだけは野放図に高走っていたりする。

 こういう人は、編集者がなだめすかして作業に没頭させないと自滅しかねない。

 「甘ったれるな」
 と言う人もあるだろう。

 が、さきほども申し上げた通り、出版というのは、甘えと思い上がりを産業化する事業なのであるからして、その中でコンダクターの役割を担う編集者には、ナースや保育士に近い資質が期待されるものなのだ。

 聞けば、幻冬舎には
「死ぬこと以外かすり傷」
 という言葉を自らのキャッチフレーズとして掲げて活動している編集者がいるのだそうだ。

 思うに、この言葉は、自分自身を叱咤してエンカレッジする意味もあるのだろうが、実質的には、他人をぞんざいに扱うためのイクスキューズとして機能しているはずだ。

 翻訳すれば
 「殺人以外は軽犯罪」
 「殺さなければ無問題」
 てなところだろうか。

 こんな態度で編集をされたのではかなわない。

 わたくしども書き手は
 「かすり傷でも致命傷」
 「軽んじられたら死んだも同じ」
 といった感じの不遜な繊細さで世の中を渡っている。

 そうでなければ原稿なんか書けない。

 奇妙な原稿になってしまった。
 こんな調子になってしまった理由は、私がそれだけ怒っているからだと解釈してもらってかまわない。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

『街場の平成論 (犀の教室)』(晶文社)


どうしてこんな時代になったのか?
「丈夫な頭」を持つ9名の論者による平成30年大総括

戦後史五段階区分説 ――内田樹
紆余曲折の日韓平成史 ――平田オリザ
シスターフッドと原初の怒り ――ブレイディみかこ
ポスト・ヒストリーとしての平成時代 ――白井聡
「消費者」主権国家まで ――平川克美
個人から「群れ」へと進化した日本人 ――小田嶋隆
生命科学の未来は予測できたか? ――仲野徹
平成期の宗教問題 ――釈徹宗
小さな肯定 ――鷲田清一