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 あるタイプのハリウッド映画では、一分一秒を争う戦闘シーンや、命のやり取りのさなかで、マッチョな主人公は必ずジョークを言うことになっている。というよりも、あの国のマッチョは、差し迫った時や、追い詰められた時にこそ、なんとしてもジョークをカマす。そうしないと男が立たないらしいのだ。

 彼らにとってジョークというのは、なによりもまず

 「オレはくつろいでるぜ」
 「オレは平常心なんでそこんとこよろしくな」
 「っていうか、オレはまるでビビってないわけだが」
 みたいなことを内外にアピールするための電飾看板みたいなもので、だからこそ、ジョーク自体が面白いのかどうかはたいした問題ではないのだろう。

 2002年の日韓W杯で日本代表の監督をつとめていたフィリップ・トルシエ氏は、ハリウッド人種ならぬフランス人の肉屋の息子だったが、彼こそはまさにその種の笑えないジョークのエキスパートだった。

 彼にとって、ジョークを飛ばすことは

 「オレは平常心だぜ」
 どころか

 「オレはおまえたちのペースには乗せられないぞ」
 「この場を仕切っているのはオレだぞ」

 ということを宣言するための高らかなトランペットだった。

 だから、彼のジョークは、ほとんどまったく周囲の人間を笑わせることはなく、多くの場合、単に当惑させていた。

 で、私はそのトルシエの
 「場の空気に水をぶっかける」
 高飛車なジョークが大好きだった。

 「おお、トルシエがまた協会に皮肉をカマしている」
 「おお、オレのフィリップがまたメディアの記者連中をコケにしている」
 と、毎度毎度彼の不可解な発言に関係者がいら立つたびに、私は大喜びでそのトルシエ氏のエスプリの底意地の悪さを祝福していた。

 話がズレた。