紹介ついでに、以下、私が担当した部分の原稿の内容を、箇条書きで要約しておく。新作映画のマッシュアップみたいなものだと思ってください。

  1. 一人の人間の生き死にを起点に時代の名前を付け替える「元号」という制度の不合理さには、常々強い違和感を抱いている。

  2. なので、「平成最後の」という思慮の浅い定型句を並べられると、反射的に「うるせえばか」と思う。

  3. その意味で、今上天皇が、ご自身の生死と元号の起動/終了を切り離した決断の明晰さには感服している。

  4. 平成という時代そのものについて言うなら、経済的には停滞の時代だったと思っている。

  5. とはいえ、自分は経済の専門家ではないので、平成の経済事情を語ることはできない。

  6. いち雑感コラムニストとして常々疑問に感じているのは、躍進と成長の果実を享受し続けていたはずの昭和後期の日本人が、なにかにつけてデモを組織し、ストライキを打ち、授業をボイコットし、バリケードを築いていたのに対して、低迷する経済と拡大する格差に苦しめられている平成の庶民が、ニヤニヤと自足していることだったりする。

  7. 公正さのために申し添えれば、平成の日本人は、経済的にはたしかに停滞の底に沈んでいるのだが、一方で、スマホとインターネットを手に入れた彼らは、「情報」と「コミュニケーション」の点では、昭和の人間とは比較にならない恵まれた環境を享受している。

  8. 交通手段の進歩が地理感覚を更新するように、コミュニケーション手段の高度化は人間関係や世界観の持ち方を根本的な次元で書き換える。

  9. てなわけで、スマホを常時携帯しつつ、仲間の意図と自己の相対的位置を四六時中チェックしている平成の日本人は、側線を介して水流と水圧の変化を随時感知しながら、群れの中における自己の位置を永遠に微調整しているイワシに似た生き物に変容しつつある。

  10. つまり、私ども日本人は、平成の30年を通じて、単なる個人としての自分自身にではなく、より巨大な集団の中の一員であることにアイデンティティを抱く群生動物に進化したわけですね。

  11. なので、社会性昆虫ライクな人類である平成の日本人は、実質賃金が伸び悩んでいるみたいなことにいちいち不満は持たない。なんとなれば、賃金もまたあまたある宿命のひとつに過ぎないから。

  12. 先のことはわからない。まあ、なるようになるっていうか、なるようにしかならないのだろうね。

 一読して、あれこれツッコみたくなった人は、できれば全文を読んだうえで(つまり書籍を購入した後に)反応してくれるとありがたいです。

 さて、平成に代わる新しい元号を予想する記事が、1カ月ほど前から、断続的に配信されている。

 いずれも、たいした根拠はない。

 というよりも、こんな与太話に根拠などあろうはずもないわけで、そもそも商業マスコミの記者ふぜいに予測できるのであれば、元号を変える意味などありゃしないのである。

 半月ほど前にちょっと話題になったのは、埼玉県のとある酒販店が、新元号の制定を期に発売するヴィンテージ大吟醸酒のキャンペーンのために、ネット上で募集した新元号予想企画の結果だった。
 1月10日段階での集計結果を見ると、トップの「安久」をはじめとして、ベスト10に入った文字列のうちの8個に「安」の字が含まれている。

 これが、3月の中旬にテレビやスポーツ紙上で紹介されて、論争を招いたわけだ。

 最近では、「東スポWeb」というスポーツ紙のサイトがこんな観測記事を配信している。

《新元号候補「安」確定か? ささやかれる根拠

 あれこれ予測する人々が後を絶たないのは、それが彼らにとって安直な娯楽であるからに過ぎない。