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 もちろん、日本の治安の良さやホスピタリティの優秀さが評価されているという側面はあるにしても、日本の経済が低迷していて、外国人から見てあらゆる商品が割安であることが観光地としての日本の魅力の大きな部分を占めているということだ。そうでなければ、たった7年で来日観光客が5倍に増えるようなことが起こるはずがないではないか。

 ちなみに、円は震災直後の11年3月17日に史上最高値の76円25銭を記録している。

 そこから換算すると、昨今の111円台の円相場は46%ほど安い。ということはつまり、同じ1ドル紙幣が1ドル46セントの価値を持つことになる。

 それ以上に、500円以下でランチが食べられる日本の物価は、どう安く食べようと思っても絶対に10ドル以下では満足な食事ができない欧米の観光都市と比べて、破格に廉価だ。

 これは、見方によっては、日本の経済の敗北というふうに見ることもできる。

 要するに、われわれの国は、「安い」国になったのである。

 1980年代の半ば過ぎ、たぶん1985年か86年だったと思うのだが、フィリピンのネグロス島にあるドゥマゲティという町に遊びに行ったことがある。

 きっかけは、青年海外協力隊の一員としてフィリピンで暮らしていた高校時代の同級生Kが、当地にある大学の学長の娘さんと結婚したからだった。

 当時、フィリピンの物価は、日本人の若者であった私から見て、アタマがくらくらするほど安かった。

 円が高かった(1985年の円/ドル相場は250円前後)こともあるが、とにかくフィリピンの田舎の物価は、おとぎ話の中の猿とカニの取り引きみたいだった。ゴルフを一日やってプレイフィーが400円。LPレコードが300円。昼飯は100円あれば充分に食えた。

 何をお伝えしたいのかを言おう。

 フィリピンに向けて出発する前に、友人のKが口を酸っぱくして言っていたことを、私はいまでも覚えている。

 「いいか。考えなしにチップをばらまくなよ」
 「特に子供たちには安易にドルを与えてはいけない」
 「20ドル紙幣とかばらまいたらぶっ殺すぞ」
 と、彼はくどくどと繰り返していた。

 「なんでさ」
 「喜捨って言うじゃないか」
 「現地の人間が喜ぶことをして何が悪いんだ?」
 という私の質問を、Kは丁寧に論破した。

 「いいか、フィリピンみたいな国で外国人がドルをばらまくと、現地の子供は自分の国の大人をバカにするようになる」
 「大人だけじゃない。マジメに働くことや、きちんと勉強することもバカにするようになる」
 「どうして」
 「考えてもみろよ。路上で観光客に煙草を1本売って、気前の良い日本人が気まぐれに20ドルくれたら、それだけでオヤジの一週間分の稼ぎになるんだぞ」
 「了解。チップは1ドルにする」
 「子供には1ドルでも多い。クルゼーロというコインを両替しておいて、それを与えるようにしてくれ」
 「お前には関係ないだろ」
 「お前はフィリピンのことなんかどうでも良いと思ってるからそういうことを言ってるけど、ドルっていうのは、あれは国を滅ぼすんだぞ」