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 ところが、人口約160万人に過ぎないバルセロナ市に、年間4000万人とも5000万人とも言われる観光客が常時押しかけるようになると、やがて肝心の市民生活が機能不全に陥る局面に到達する。人々は自分たちが住んでいる町のバスに乗れなくなり、自宅の前の道路を自分のクルマで走るのに、恒常的な渋滞に悩まされるようになる。

 それだけではない。土地価格の高騰に伴って、オフィスや賃貸住宅の相場も急上昇する。と、平均的な市民は、やがて、自分たちが生まれ育った町で暮らすための最低限の家賃を支払えなくなる。

 そうこうするうちに、
 「観光客は帰れ」
 というスローガンを掲げたデモが頻発し、街路には、
 「観光が町を殺す」
 という不穏なビラが張られる事態に立ち至っている。

 よくできた寓話みたいな話だが、これは、現実に起こっているリアルな都市での出来事だ。
 日本では、京都の例が有名だが、実のところ、ちょっとした観光地はどこであれ似たような問題に直面しつつある。

 私がこの何年か、年に3回のスケジュールで通っている箱根も同様だ。

 あそこも、最近は中国人観光客のための温泉地に変貌しつつある。

 私の箱根通いは、まだ3年目にはいったばかりで、通算でも7回目なのだが、一緒に卓を囲む(まあ、麻雀合宿をやるわけです)メンバーは、なんだかんだでこの20年以上、毎年3回2泊3日の箱根泊を敢行している箱根通ばかりだ。

 その彼らに言わせると、この5年ほどの変化は、まことにすさまじい。

 良い変化なのか悪い変化なのかの評価は措くとして、とにかく、食事のメニューや冷蔵庫の中身や、浴衣や手配といった、あらゆるサービスの手順が、徐々に中国人観光客向けにシフトしてきているというのだ。

 その変化を一概に「サービスの質の低下」と断じることはできないが、それでも、その変化の中には、20年来の常連客からしてみれば、配膳されるメニューのコメのメシへの適合度の低下といった、年配の人間にはなかなか受け入れがたい退廃が含まれていたりする。

 外国人観光客が増え続けてきたこの10年ほどの変化をどう評価するのかについては、二つの相反する見方がある。

 ひとつは、来日観光客増加の原因を、ほかならぬわれら日本人の「おもてなし」の精神に根ざした質の高いホスピタリティや、日本文化の繊細さや、日本の四季の自然の美しさに求める考え方だ。

 要するに、わが日本に外国人が蝟集(いしゅう)するのは、この国が安全で快適な土地柄で、われら日本人自身が世界の誰よりも正直で心の温かい民族だからだという評価だ。

 この評価が間違っていると断ずるつもりはない。

 ただ、一方には、観光客増加の理由を、単に日本の「安さ」に求める意見があることも、意識しておいた方が良い。

 バブル崩壊からこっちの約30年間にわたって、物価も実質賃金も低迷したままで、おまけに通貨としての円の価値自体も、最も強かった時代から比べれば3割以上安くなっている。

 ということは、日本を訪れる外国人の立場から見て、日本での滞在費は、食事、交通費、宿泊費なども含めて、すべてが破格に「安い」ということになる。