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 ただ、来日外国人の数が増えて、インバウンド需要が拡大すれば、すべてがめでたしめでたしの好循環でうまく回転するのかというと、話はそう簡単には進まないと思う。

 現在でも既に、急激な観光客の増加は、さまざまな場面に軋轢や摩擦をもたらしている。

 早い話、ビジネスマンの地方出張でホテルが取りにくくなっている。ビジネスホテルの宿泊料金の相場は、この先、オリンピックに向けてますます上昇するだろうと言われている。

 これ以上観光客が増えたら、いったいどんなことが起こるものなのだろう。

 今回は、うちの国が歩みつつある「観光立国」の行く末についてあれこれ考えてみたい。

 今年の2月、京都にある製薬会社のお招きで、ほんの束の間だが、3年ぶりに京都を訪れた。

 食事の間、その会社の人たちとしばし歓談する時間を持つことができたのだが、話題になったのは、やはりご当地の観光客の急増についてだった。

 3年前の秋に、ほぼ30年ぶり(その前年に一瞬だけ通りかかったことがあったのだが)に京都を訪れた折、私は、観光客の圧力に圧倒されて、街路を歩く意欲を失ってしまった次第なのだが、当地の人たちの言うには、観光客は、その3年前の京都旅行の時点から比べても、さらに確実に増加しているらしい。

 「ホントですか?」
 「ほんまです」
 「だって、3年前ですら、四条河原町のメインストリートは、渋谷のセンター街みたいな人だかりでしたよ」
 「それがいまはスクランブル交差点みたいなことになってはるわけです」
 「ホントですか?」
 「まあ、ちょっと大げさですけど。ははは」

 京都の人は、洛外の人間の前で、観光客の殺到ぶりに苛立っているようなそぶりは見せない。あっさりはんなりというのか、いとも鷹揚に受け止めている。そういうところはさすがだと思う。でも、それにしても、こんな調子で人が増えたら、いずれインフラが崩壊して、その時は応仁の乱以来の生き地獄が現出するはずなのだが、京都の人たちはそういう修羅場に立ち至ってもなお、あの余裕の構えを崩さないものなのだろうか。

 「観光亡国論」の中では、都市のキャパシティーを超えた観光客によるオーバーツーリズム(観光過剰)の問題を世界各地の観光地に材をとってていねいに紹介している。

 たとえば、つい10年ほど前までは、地域再生の成功例として世界中から注目を集めていたバルセロナは、現在、「ツーリズモフォビア」(観光恐怖症)という造語で説明される、次の段階の困難に直面している。

 歴史を振り返ると、バルセロナは1992年のバルセロナ五輪を機に、旧市街や観光名所の再整備を敢行し、独自のプランで「まちおこし」を本格化させた。この時、市が経済発展の基盤として重点を置いたのが観光で、そのために、市は、サグラダ・ファミリア教会に代表される文化資産を再評価し、住宅街、商店街の再整備事業を推進し、さらに国際会議なども積極的に誘致した。この試みは、世界中から観光客を呼び寄せることに成功し、都市再生と観光誘致の理想形として、世界で絶賛された。