最後に、断酒中のアルコール依存症患者としての立場からの言葉を残しておきたい。

 断酒には(あるいは断薬にも)ある頑強な逆説がかかわっている。

 この逆説は、とても説明しにくい。

 他人に説明しにくいくらいだから、本人にとっても極めてわかりにくいのだが、なんとか説明してみる。

 以下、ややこしい話になると思うが、なんとかついてきてほしい。

 アルコール依存者の自助組織であるAA( Alcoholics Anonymous =直訳は「匿名のアルコール依存症者たち」)では、伝統的にアルコール依存からの回復の手順として「12ステップのプログラム」と呼ばれるものが伝えられている。

 ウィキペディアの項目が比較的よく整理されているので、興味のある向きは参照してみてほしい。

 これは、薬物やギャンブルなどの依存症にも適用されている有用な手法なのだが、当事者にとって(特にわれわれのような一神教の信仰を持っていない日本人にとって)最初の2つのステップが難物だ。しかも、この最初の関門を突破しないとその先の回復のステップを進むことができない仕様になっている。

 念のために列挙してみると、以下のような文言だ。

1.私たちはアルコールに対して無力(powerless)であることを自覚した(admitted)-自分自身の生活がコントロール不能(unmanageable)である。

2.偉大なパワー(Power greater)が、私たちを正気に戻してくれると考えるようになった。

 1で言っていることはつまり「自力では酒をやめられないこと」を認めることではじめて、「酒をやめるためのスタートライン」に立つことができるということだ。

 全体としては「自分の無力さを自覚することではじめて再出発できる」というお話なのだが、この理屈には「自己放棄による再出発」というかなりあからさまなダブル・バインドが介在している。それがどうしても腑に落ちない。だって、再出発する当の本人が自分自身を信用しないでどうする? と、どうしてもそう思えてしまうからだ。

 ジョンレノンの「HOW」という歌の最初の一行は、
" How can I go forward when I don't know which way I'm facing?"
と歌いはじめられている。私はこのフレーズを思い出したものだった。

 「自分がどの道を歩いているのかもわからないで、どうして前に進むことができるだろう?」

 その通りだ。自分を信じない人間が、どうやって自分をいましめることができるんだ?