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 要するに、両者とも定見があるわけではなくて、単に政策を支持したり攻撃したりするために、その時々の主張を入れ替えている。

 バカな話だ。

 国土の防衛と領土の保全に固執する伝統右翼の人々がここ最近の北方領土をめぐるやりとりをどんなふうに受け止めているのかについては、実は、私は、確かな情報を持っていない。

 たぶん、怒っているに違いないとは思うのだが、その怒りを彼らがどういう形で表明して、どういう行動に結びつけるつもりでいるのか、そこのところがわからないということだ。

 ただ、少なくとも、インターネット普及後に勢力を拡大しているJ-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)をはじめとするいわゆる「ネット保守」の面々が、北方領土の返還に冷淡であることは、様々な経路を通じてすでに確認している。

 要するに、政権擁護派の人たちは、北方領土の返還そのものよりも、当面は政権の邪魔をしないことの方を重視しているということだ。

 一方、政権不支持派の人々は、これまでたいして興味を示していなかった北方領土の話をしきりに持ち出すようになっている。

 ということはつまり、右派と左派が対立しているというよりは、単に政権支持派と不支持派が互いの悪口を言い合っているだけの話で、対韓国や対ロシアの外交に関しても、要するに政府がどういう態度を取っているのかに沿ってそれぞれがポジショントークを展開しているだけの話に見える。

 問題は、そのポジショントークの中身ではない。

 領土が戻ってくるかどうかですらない。

 最も大切なポイントは、政府が、領土問題の交渉や基地問題の先行きについて、国民に対して誠実に説明する気持ちを持っているのかどうかだ。

 で、私の思うに、政府は、沖縄と北海道を見捨てるつもりでいる。そのことが、領土や基地へのぞんざいな対応から伝わってくる。

 

 バブル崩壊からこっち、「選択と集中」という経営用語が幅をきかせていた一時期があった。

 この言葉は、政府が招集する有識者会議やその彼らが作るPDF書類の中でも連呼されていた。

 乱暴な言い方をすれば、「選択と集中」は、「採算部門にだけ資金を集中して、非採算部門は切り捨てようではありませんか」というお話で、企業がコストカットを断行する局面では有効なスローガンではあったものの、行政の用語としてそのまま援用するにはあまりにも無慈悲な概念だった。

 「選択と集中」において困難なのは、何を選択してどこに集中するのかの見極めで、というのも、どれが有望で、どの部分が滅びゆく非採算部門であるのかは、実のところ経営者にもわかるはずがない話だったからだ。

 見捨てられかけた研究分野がある日会社を救う新商品を生み出したというのは、さして珍しい話ではないし、飛ぶ鳥を落とす勢いだった収益部門がなにかのタイミングで突然お荷物に化ける式のエピソードも、企業の歴史の中ではごくありふれた出来事だったりする。