この微罪逮捕案件を公共放送が全国ニュースで配信した理由を解明するためには、実は、もうひとつ、有力な仮説がある。

 以前、当コーナーでも紹介した「スッキリ中国論」(田中信彦著 日経BP社)の中にその話が出てくる。

 以下、本書の56ページ〜69ページの記述の中で詳しく紹介されている内容を簡単に要約する。

・刑法学が専門の一橋大学法学研究科、王雲海教授(法学博士)によれば、中国の刑法と日本の刑法には根本的な違いがあって、中国が犯罪の「質と量」を問うているのに対して、日本では「質」のみが重視される。
・具体的には、日本では無断で携帯の充電をした人間が窃盗罪に問われた例があるのに対し、中国では、ある程度以下の金額の窃盗は捜査されない。
・中国では違法行為と犯罪は2つの異なった概念である。それゆえ、違法行為であっても「犯情が極めて軽く、危害が著しくない場合は犯罪にならない」
・他方、日本では、「法律に違反すること」そのものが「犯罪」であり、被害の大きさは犯罪の成否には関係しない。

 要するに、「スジ」を重視する日本人の考え方からすれば、たとえ50円でも、あるいは携帯を充電するための数円相当の電気料金であっても、人様のものを勝手にわがものとすればそれはすなわち窃盗であり犯罪になるということだ。

 で、この「スジ」が厳格に守られているからこそ、わが国は世界でも珍しいほど治安が良いわけで、これはこれで素晴らしいことではある。

 が、一方においてなにかにつけて「スジ」で考える日本人が作っているわれわれの社会は、窮屈だったり、融通がきかなかったりして住みにくい部分を持ってもいる。

 中国風と日本流のどちらが悪くてどちらが良いという問題ではない。
 この原稿でどちらかを推薦したいと考えているのでもない。

 ただ、私が思うに、NHKをはじめとするメディア各社(朝日新聞、日経新聞、読売新聞、毎日新聞、FNNなど)がこの微罪逮捕のニュースを一斉に報じていることから感じられるのは、もともと「スジ」にこだわる傾向の強かったうちの国のメディアの潔癖性の傾向が、さらに極端になってきていることだったりする。

 たとえばの話、私が20代の若者だった40年前に、これほどまでに軽微な罪を新聞全紙とテレビ各局が伝えた例はなかったはずだ。

 罪を犯した者へのこの苛烈さが、われわれは群生動物のマナーを身に付けはじめていることの最終段階を示す兆候でないことを祈って稿をおさめたい。

「罪を犯した人間を擁護することよりも、犯罪者を一人でも減らすことに力を注ぐのがコラムニストのあるべき姿ではないのか」
 という感じの想定コメントに対しては、あらかじめ
「良いコラムニストは、罪薄き違法行為者の側に立つものだ」
 とお答えしておく。

 根拠は特にありません。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

■変更履歴
統計不正による過少支給額「795億円」は「564億円」の誤りです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2019/01/25 18:05]

 なぜ、オレだけが抜け出せたのか?
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上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

<< 目次>>
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二日目 オレはアル中じゃない
三日目 そして金と人が去った
四日目 酒と創作
五日目 「五〇で人格崩壊、六〇で死ぬ」
六日目 飲まない生活
七日目 アル中予備軍たちへ
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