なぜ航続距離が短いのか

 これまで、モーターショーなどの取材ではなかなか開発者の声を聞く機会がなかったのだが、今回ようやく報道関係者向けのイベントでHonda eの開発者の生の声を聞くことができた。そして感じたのが、「このクルマはいまのホンダ車の中で、最もホンダらしいクルマなのではないか?」ということだった。

 まず、筆者が知りたかったのは、なぜHonda eでは電池容量を限定し、航続距離の短い設計としたのか、ということだった。そして分かったのは、Honda eが欧州のCO2排出量規制を達成することを第一の目的として開発されたことだ。

 読者の皆さんもご存じのように、欧州では世界で最も厳しい自動車からのCO2排出量規制を実施している。この規制は2021年に強化され、完成車メーカーは企業平均で車両1台当たり95g/km(実際の規制値はメーカーにより異なる)という厳しい値を達成しなければならない。この値がどのくらい厳しいのか。コンサルティング会社のPA Consultingは2020年1月に発表したリポートの中で、多くの完成車メーカーがこの規制を達成できず、業界全体で145億ユーロ(1ユーロ=124円換算で1兆7980億円)という膨大な額の罰金を支払うことになると予想している。これは規制値を1g/km超過するごとに、販売台数1台当たり95ユーロの罰金を払う必要があるからだ。逆にいえば、これだけ膨大な罰金を払わなければならないくらい、この規制は厳しいということになる。

 最も罰金の額が少ないと予想されているのが、1800万ユーロ(同、22億3200万円)と予想されているトヨタ自動車で、これは欧州で販売している車種の半分以上がハイブリッド車になっており(2019年実績)、CO2の平均排出量が少ないのが理由だ。一方で、最も罰金額が多いと予想されているのが欧州最大の完成車メーカーであるVWで、ディーゼルゲートでディーゼル車の比率が下がった結果平均燃費は悪化しており、同社の罰金額は45億400万ユーロ(同、5584億9600万円)に上ると見られている。

 ホンダの罰金も3億2200万ユーロ(同、399億2800万円)と予測されており、CO2の平均排出量を引き下げることが急務だ。Honda eは、この欧州でCO2排出量の平均値を引き下げることを第一の目的として開発された。開発に先立ち、欧州を訪れた開発チームは、街の狭い道路を、小さいクルマが生き生きと走り回っている姿に感銘を受けたという。そこから、エンジン車の置き換えではなく、都市部での使いやすさに徹したEVという発想が生まれた。長距離の移動は鉄道やエンジン車、ハイブリッド車に乗り換えることにすれば、電池もそれほど多く積む必要はなくなる。車体もその分、小さく、軽くできる。

なぜ専用プラットフォームを開発したのか

 確かに、現状のEVは高速での連続走行は得意分野ではない。一方で発進・加速を繰り返す街中ではエンジン車よりもスムーズに、しかも力強く走ることができる。こういうEVが得意な領域に徹するというのがHonda eの考え方だ。なるほど、航続距離が短い理由は分かったが、次に湧いた疑問が、それではなぜ専用のプラットフォームを開発したのか、ということだ。

 航続距離が短く、街中での使いやすさに徹したEVということになると、1台で様々な用途をまかなうことはできない。セカンドカーとして購入するというのが一番考えられる購入形態だろう。しかも価格は通常の小型車よりも大幅に高い。となれば需要はかなり限られる。実際、Honda eの国内計画販売台数は年間1000台で、本命市場の欧州でもその10倍程度を計画するにすぎない。つまり年間の販売台数は1万1000台程度だ。

 しかし、この限られた販売台数のクルマのために、ホンダは同社としては初めて、EV専用プラットフォームを開発した。この台数では新規プラットフォームの開発費用を償却することは難しいはずだ。普通なら既存車種のプラットフォームをベースにして開発するところだろう。しかしホンダの判断は違った。なぜなのか。

 「確かに採算から考えれば、既存の車種のプラットフォームを使うという考え方もあるかもしれません。でも、そんな中途半端なものは出せない。それがウチの会社らしいところじゃないですかね」。開発担当者の答えを聞いて、ああ、こんなふうに開発されるクルマが、まだホンダに残っていたのだと、筆者はちょっとした感銘を受けた。というのも、かつてのホンダは、クルマの全面改良のたびに、プラットフォームばかりかエンジンまで刷新するのが当然だったからだ。

 現在では、こんなコストのかかる開発手法は許されない。エンジンもプラットフォームも可能な限り共通化し、改良しながら長期にわたって造り続けるのが現在の自動車開発手法の主流であり、それはホンダでも変わらない。だからこそ、それほど生産台数の多くないHonda eのために新規プラットフォームを開発したことに、かつてのホンダの雰囲気を感じてしまったのだ。「いま最もホンダらしいクルマは、このHonda eかもしれない」と感じた理由の一つはこの開発チームの姿勢である。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り2877文字 / 全文5736文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、10年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「クルマのうんテク」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。

ウェビナー開催、「なぜ世界はEVを選ぶのか」(全2回)

 日経ビジネスLIVEでは2人の専門家が世界のEV事情を解説するウェビナーシリーズ(全2回)を開催します。

 9月30日(金)19時からの第1回のテーマは「2035年、世界の新車6割がEVに 日本が『後進国』にならない条件」。10月14日(金)19時からの第2回のテーマは「欧州電池スタートアップのCTOが現地報告、巨大市場争奪の最前線」です。各ウェビナーでは視聴者の皆様からの質問をお受けし、モデレーターも交えて議論を深めていきます。ぜひ、ご参加ください。


■第1回:9月30日(金)19:00~20:00(予定)
テーマ:2035年、世界の新車6割がEVに 日本が「後進国」にならない条件
講師:ボストン コンサルティング グループ(BCG)マネージング・ディレクター&パートナー滝澤琢氏

■第2回:10月14日(金)19:00~20:00(予定)
テーマ:欧州電池スタートアップのCTOが現地報告、巨大市場争奪の最前線
講師:フレイル・バッテリー(ノルウェー)CTO(最高技術責任者)川口竜太氏


会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
主催:日経ビジネス
受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料となります(いずれも事前登録制、先着順)。

>>詳細・申し込みはリンク先の記事をご覧ください。