そこでホンダは2018年から、この棚卸し作業をAI技術の一つであるディープラーニング(深層学習)の手法を活用して効率化することに取り組んできた。具体的にはそれぞれの特許を維持するかどうか判断するための項目、例えば「特許の価値」「権利維持費用」「その特許を活用した製品がどの程度売れているか」「どの国で保有しているか」「権利はあと何年残っているか」などを数値化し、それぞれの特許を維持し続けるかどうかを人間がどう判断したか、という結果とともにAIに学習させる。すると、AIはそれぞれの項目にどの程度の重み付けをして判断するか、という基準を自動的に生成する。そして、新たな特許のそれぞれの項目をAIに読み込ませると、過去の学習結果から、その特許を維持すべきかどうかを判断できるようになるという仕組みだ。

 このAIを活用して、ホンダが5万件の特許について維持すべきかどうかを判断させたところ、人間とAIの判断が一致したのは4万2000件で、一致率は約85%に達した。一方で、AIが不要と判断したのに人間が必要と判断した特許が7500件、人間が不要と判断したのにAIが必要と判断した特許も500件あった。必要な特許なのに不要と判断してしまうのが一番避けなければならない状況だ。そこでホンダは、AIが必要と判断したものについては無条件で維持することとし、AIが不要と判断したものだけを人間がチェックすることにした。これで人間がチェックしなければならない特許の数は3割ほどになり、業務を7割削減することができた。

AIにディープラーニングで学習させることにより、特許の維持が必要か不要かの判断結果は人間と約85%一致するようになった(資料:ホンダ)
AIにディープラーニングで学習させることにより、特許の維持が必要か不要かの判断結果は人間と約85%一致するようになった(資料:ホンダ)
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「オープンイノベーション」を目指す

 一方、業務の効率化によって浮いたリソースを使って力を入れているのが先に触れた「知財発のオープンイノベーション」である。つまりホンダの特許を社外で活用してもらうことで、世の中のイノベーションを促進するとともに、ホンダの利益にもつなげようというものだ。下世話な言い方になるが、「特許を守る」だけでなく、「特許でもうける」ことにも力を入れ始めたのがこれまでの知財戦略とは大きく異なるところだ。

 その成果としてホンダは今回の説明会で3つの事例を紹介した。1つは軽自動車の「N-BOX」や「N-WGN」の一部車種に採用している抗アレルゲン(アレルゲンとはアレルギーを起こす物質のこと)・抗ウイルス機能を備えたシート生地「アレルクリーンプラス」が内田洋行のオフィスチェアに採用された事例、2つ目が、夜間の歩行者を認識する「ナイトビジョン」の技術がスワローインキュベート(茨城県つくば市)のヒューマンセンシング技術(店や通りに設置したカメラで歩行者や来店者の数を計測する技術)に採用された事例、そして3つ目がクルマのサブフレームに使っているFSW(Friction Stir Welding)と呼ぶ異種金属接合(この場合は鉄とアルミニウム合金)技術が産業用ロボットメーカーに採用された事例である。

 このうち、今回の説明会で詳しく説明したのがアレルクリーンプラスのオフィスチェアへの応用事例だ。アレルクリーンプラスは、シート生地に付着したスギ花粉、ダニなどのアレルゲンや、インフルエンザウイルスを不活性化する機能を備える。そのメカニズムはどうなっているのか。例えば通常のインフルエンザウイルスは、表面が様々な突起や、エンベロープと呼ばれる膜で覆われている。アレルクリーンプラスは、布地に抗インフルエンザ剤が染み込ませてあり、ウイルスがこの抗インフルエンザ剤に接触すると、表面の突起が壊れたり、エンベロープが破れたりして感染力を失う。

 ちなみにこの記事には分かりやすいように「ウイルスを殺すシート」というタイトルを付けたが、厳密にはウイルスを「殺す」という表現は正しくない。というのはウイルスは単体では自己複製能力を持っておらず、生き物とは言えないからだ。生きていないのだから死ぬこともない。ウイルスは生物の細胞の中に入り込んで宿主細胞の力で増殖する。これがウイルスに「感染した」状態である。アレルクリーンプラスはウイルスの感染力を失わせる作用を持っており、これが「不活性化する」という意味だ。

インフルエンザウイルスを不活性化するメカニズム。抗インフルエンザウイルス剤がウイルスを吸着し、表面の突起を破壊したりエンベロープを破ったりする(資料:ホンダ)
インフルエンザウイルスを不活性化するメカニズム。抗インフルエンザウイルス剤がウイルスを吸着し、表面の突起を破壊したりエンベロープを破ったりする(資料:ホンダ)
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