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 日産自動車が、2019年度(2020年3月期)決算で6712億円という巨額の純損失を計上した。最終赤字は、リーマン・ショックがあった2008年度(2337億円の赤字)以来11年ぶり。赤字が6000億円を超えるのは、カルロス・ゴーン前会長が巨額のリストラ費用を計上した1999年度の6843億円以来20年ぶりだ。今回の巨額の赤字決算になった一つの理由は、稼働率が落ちた工場の閉鎖や帳簿上の価値の引き下げなどで6030億円を特別損失として計上したことである。18年度の純利益は3191億円の黒字だった。

2019年度決算を発表する内田誠社長(中央)、アシュワニ・グプタ最高執行責任者(左)、スティーブン・マー最高財務責任者(右)。今回の発表はWeb中継で実施された(写真:日産自動車)

 2020年度の業績予想は新型コロナウイルス感染症の影響の見極めに時間が必要だとして公表していないが、販売台数が2019年度に比べて15~20%落ち込むと予想しており、2年連続で巨額の赤字を計上する可能性がある。日産は果たしてこの苦境から抜け出すことができるのか。今回は決算発表で同時に発表された第2のリバイバルプランとでも言うべき事業構造改革計画「NISSAN NEXT」の内容を紹介しながら、そこにまだ書かれていない内容を今回と次回で勝手に占ってみたい。

生産能力拡大が裏目に

 今回の赤字決算に、新型コロナウイルスの感染拡大が影を落としていることは間違いない。しかし、コロナは日産の苦境を白日の下にさらしたきっかけではあるが、不振の種は10年前からまかれていた。その種とはリーマン・ショック後の新興国市場での成功体験である。リーマン・ショックからの回復が最も早かった日本の完成車メーカーは日産だった。その原動力となったのが中国事業での躍進だった。日産が中国で合弁会社を設立したのは2003年6月で、1998年に設立したホンダ、2000年に設立したトヨタ自動車の後塵(こうじん)を拝した。にもかかわらず、いち早く開発の現地化を進め、2008年にトヨタ(一汽トヨタ)を下回っていた日産(東風日産)のシェアは、2012年には6.0%と、トヨタの3.5%に2倍近い差をつけるまでに成長した。日産は中国市場での成功をテコに世界シェアの拡大に成功し、1999年度に4.6%だった日産の世界シェアは、2010年には5.8%にまで伸びた。

日産は後発にもかかわらず、急速に中国事業を伸ばした(資料:2010年度の日産の決算資料より)

 しかし、この日産の「新興国シフト」での成功体験がその後の道を誤らせる。日産が2011年に発表した中期経営計画「日産パワー88」では、世界シェアを2010年実績の5.8%(418万台)から2016年度には8%に拡大する目標を打ち出し、その達成のため新興国市場を中心に大幅に生産能力を拡大した。これによって、日産の世界生産能力は720万台に達した。しかし日産の2019年の世界販売実績は500万台を割る水準であり、大幅な生産能力過剰に陥っているのが現状だ。

2011年に発表した2016年度までの中期計画「日産パワー88」で世界シェア8%という目標を掲げた(日産が2011年に発表した日産パワー88の説明資料より)

 生産能力の拡大に販売がついて来なかった主因は商品の競争力低下だ。生産能力の拡大に投資を集中したため、新型車や新技術への投資が後回しになり、古いモデルが多くなってしまった。内田誠社長は決算会見で「2年前からこの問題に気づいていたが、きちんと向き合ってこなかった」と反省の弁を述べた。