東京ビッグサイトの西棟と新設の南棟、それに青海地区の特設会場の2カ所での分散開催となった第46回東京モーターショー
もう少しやりようはなかったのか? 関係者の皆さんは大変努力されたのだとは思うが、11月4日まで開催されていた第46回東京モーターショー2019の会場はかなり残念なものだった。東京ビッグサイトの東棟が2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックの国際放送センターとして使われるせいで、モーターショーに使用できなくなったのがすべての元凶なのだが、会場が青海の特設会場と2カ所に分散されたのは、予想されたこととはいえ、やはり厳しかった。
まず2つの会場の間のアクセスが悪い。無料のシャトルバスが走っているが、そのバスに乗るのに延々20分も待たされる。5分おきに出ているシャトルバスに使われている車両は、観光バス用の車両と路線バス用の車両があり、観光バス用の車両では入り口は狭いし、定員も限られるので、乗り込むのに時間がかかる。人の少ないプレスデーでさえこんな状態ったから、一般公開日にうっかりシャトルバスの待ち行列に並んだ読者の皆さんは、さぞ移動に難儀なさったに違いない。
そしてまた、青海の特設会場がいかにもプレハブという感じの安っぽい建物で、お祭り気分がそがれてしまう。会場面積の不足を補うためか、トヨタ自動車のショールームであるMEGA WEB内に、未来の生活を体験できるという触れ込みの「FUTURE EXPO」と呼ばれるエリアが設けられたのだが、これがまた狭いところに多くの展示物を詰め込んだために、入場者の少ない特別招待日でさえ押すな押すなの混雑ぶりだった。
断っておきたいのだが、これらの責任は東京モーターショーの主催者である日本自動車工業会にはない。国際オリンピック委員会(IOC)と、その下部組織である国際放送センター(IBC)、それらのいいなりになっている日本オリンピック委員会(JOC)と東京都が責めを負うべきだろう。確かにオリンピックは国を挙げての大イベントである。しかし、その開催が周囲に与える影響に、あまりにも無頓着だったと言わざるを得ない。
このコラムでは何度となくモーターショーというイベント自体が地盤沈下している実態を書いてきた。それは東京モーターショーも例外ではなく、というよりもそういう状況が最も著しく表れているのが東京モーターショーであり、それは海外の大手自動車メーカーの出展が事実上、ドイツ・ダイムラーとフランス・ルノーだけになってしまったことに表れている。しかし今回の会場を見ると、コンテンツ以前の問題だったと思う。
奮闘するトヨタ
このように強い逆風の中で開催された今回の東京モーターショーだが、展示の内容自体は見応えのあるものだった。中でも奮闘したのがトヨタ自動車だ。他社に比べて圧倒的な数のコンセプトカーや市販予定車を用意し、まさに総力を結集した展示を展開した。豊田章男社長も5人の副社長とともに参加する「公開経営会議」や、タレントとのトークショーなどを精力的にこなし、盛り上げに自ら積極的にかかわっていたのが印象的だ。
実質的に、今回の東京モーターショーは「トヨタモーターショー」だったといっても過言ではないだろう。そのトヨタの展示テーマは「モビリティの未来」。同社のブースには「いまトヨタの販売店で買えるクルマ」が1台も展示されておらず、他のメーカーの展示に比べて明らかに異彩を放っていた。
それにしても、このところのトヨタの急変ぶりには驚くばかりだ。このコラムの「トヨタがいよいよ「モビリティサービス」に本気」でも触れたように、トヨタは従来「“愛車”というように愛のつく工業製品はクルマだけ」だとして「所有する喜びが感じられるクルマ」にこだわっていた。
その姿勢が一変したのが2018年1月に開催された世界最大級の家電見本市「CES 2018」だ。モビリテーサービス専用EV(電気自動車)のコンセプト車「e-Palette Concept」を出展し、豊田社長は「トヨタを『自動車をつくる会社』から、『モビリティ・カンパニー』にモデルチェンジすることを決断した」と宣言した(参照コラム)。あれから1年と10カ月、今回の東京モーターショーのトヨタブースは“e-Paletteもどき”で埋め尽くされた。
最も目立つ位置に展示されたのが、e-Paletteの「東京2020オリンピック・パラリンピック仕様」である。CES 2018に展示されたのがモックアップに近いものだったのに比べ、今回のオリ・パラ仕様は実際に選手村に十数台導入し、選手村内の巡回バスとして大会関係者や選手の移動に使われる予定だ。低床フロアや電動スロープ、停留所への正着制御(バス停と車両の間の隙間が非常に小さくなるよう停車する制御)により、車いすを利用する人にも乗降しやすくしている。
トヨタ自動車の「e-Palette(東京2020オリンピック・パラリンピック仕様)」。東京オリンピック・パラリンピックで選手村内での移動向けに提供する。
e-Paletteオリ・パラ仕様は運転席にドライバーが乗車しない、レベル4の自動運転による運行を予定しているが、安全確保のため、各車両に1人オペレーターが搭乗し、また遠隔から人間が運行状況をモニタリングする。トヨタはe-Paletteについて、同社初の「Autono-MaaS 専用EV」と呼んでいる。ここでAutono-MaaSとは自動運転車(Autonomous Vehicle)とMaaS(Mobility as a Service)を融合した造語である。
このほか、今回のモーターショーでは、“1人乗りe-Palette”ともいうべき「e-4me」、ラストワンマイル物流向けモビリティーの「Micro Palette」、移動中に車内で離れた医師と会話ができ、診察を受けながら病院に向かうことができるモビリティー「e-Care」、ライドシェア専用モビリティーの「e-Trans」など多彩なコンセプト車を披露した。実際にこれらのモビリティーがすべて実用化されるかどうかは分からない。しかし1つはっきり感じたのは、CES 2018で豊田社長が宣言した「モビリティ・カンパニー宣言」はポーズではなく、その実現に向けて同社が着々と準備を進めていることだ。
1人乗り“e-Palette”の「e-4me」(左上)、ラストワンマイル物流向けモビリティの「Micro Palette(右上)」、診察を受けながら病院に向かうことができるモビリティ「e-Care」(左下)、ライドシェア専用モビリティ「e-Trans」(右下)。
軽規格に収まるサービス車両
“e-Paletteもどき”が見られたのはトヨタブースだけではない。ダイハツ工業も“ミニe-Palette”という感じのサービス用車両のコンセプト車「ICOICO」を展示した。この車両も、向かい合わせのシート、側面に配置したディスプレーというサービス用車両の“お作法”にのっとったものだが、特徴が2つある。1つは軽自動車規格に収まる車体サイズに抑えていること、そしてもう1つが「ニポテ」と呼ぶアシスタントロボットを搭載していることだ。
ダイハツ工業が展示した移動サービス用車両のコンセプト車「ICOICO」。ニポテと呼ぶアシスタントロボットが搭乗しているのが特徴。
ダイハツの想定では、このニポテが各家庭に1台ずついて、このロボットに話しかけることで「ICOICO」を呼び出す。実際にICOICOで移動するときにはこのニポテも付いてきて、移動にまつわる様々なサポートをしてくれるという。筆者などはスマートフォンでいいのではないかと思ってしまったのだが、高齢者の中にはスマートフォンの操作に馴染めない人もいるので、こういうアシスタントロボットが必要だと担当者は説明していた。
一見移動サービス用車両だが……
スズキも今回の東京モーターショーに、座席を向かい合わせに配置した自動運転EVのコンセプト車「HANARE」を出展した。この車両もサービス用⾞両の“お作法”に沿って、前後には向かい合わせにシートを配置し、室内の側⾯には⼤型のディスプレーを配置している。側面に屋根の⼀部も⼀緒に上⽅に開く⼤型のドアを配置しているほか、シートを折りたためば⾞両の前後のドアからも出⼊りが可能な設計になっているのも特徴だ。4輪にインホイールモーターを内蔵したEVで、⾃動運転を想定するのでハンドルやアクセル、ブレーキは付いていない。
自動運転EVのコンセプト車「HANARE」。自宅の「離れ」のように使えるクルマ、がテーマ。
このように、車両レイアウトは移動サービス向けの⾞両のように⾒えるのだが、会場の説明員に聞くと、意外なことに⾃家⽤⾞を想定しているのだという。⾃動運転が当たり前の世界では⾃家⽤⾞が減るという予測が多いが、スズキはむしろ、⾃家⽤⾞は残ると⾒ている。しかしそのクルマは現在のクルマとは異なり、⾃宅のリビングの延⻑のような位置付けになると予測する。
くつろぎながら移動してもいいし、自宅の車庫に置いているときに、文字通りの「離れ」として活用し、好きな映画や音楽を楽しむのにも使える。運転しなくてもいい時代の自家用車の価値をどこに見出すかという1つの提案だといえるだろう。
トラックも“スケートボード”に?
日野自動車が出展した「FlatFormer」も面白い提案だった。これは平らな薄い板にタイヤを取り付けたような外観の「モビリティプラットフォーム」で、この板の上にトラックや移動店舗、医療サービス、ヘルスケアなど様々なアッパーボディーをかぶせることで、多彩な機能を備えたサービス用車両を実現できるというアイデアだ。
トヨタのe-Paletteは“箱”は共通で、その中身を入れ替えることで様々な用途向けのサービス用車両を実現することを想定している。これに対してFlat Formerは、より車両設計に自由度を持たせたのが特徴だ。通常のトラックに比べると人が乗るキャビンがない分、広い荷台を実現できるのが特徴だ。
プラットフォームそのものは自動運転機能を備えたEVで、全長4.7m、全幅1.7、×高さ3.35mと5ナンバーサイズの枠内に収まっている。6つの車輪すべてをモーターで駆動する6輪駆動で、モーター出力の合計は170kW、リチウムイオン電池の容量は50kWhを想定する。
外観上面白いのは、クルマの骨格とは思えない有機的な形状をしたフレームで、この設計には「ジェネレーティブ・デザイン」という手法を採用している。これは、ある部品に要求される項目を入力すると、その制約条件の中で最も効率的な形状を自動設計してくれるというもの。今回のフレームは、これまでのプレス成型や鋳造、鍛造といった金属部品の製造技術では実現できない形状を採用しているが、将来的には3Dプリンターで製造することを想定しているという。
サスペンションの部分をコンパクト化して広い荷室を実現するために、フロントサスペンションには通常のようなサスペンションアームがなく、車輪を取り付けたハブが円筒形の部品に沿って上下する構造を採用した。リアサスペンションも、パンタグラフのように交差するアームと水平に配置したばねによって、非常に狭いスペースの中に収まっている。構造的に見ると、大きい荷重に耐えるのは難しそうだな、と思わないではないのだが、コンセプトの提案としては非常に面白いと思った。
今回のコラムでは一部の展示しか紹介できなかったが、全体として今回の東京モーターショーは、会場の制約や海外メーカーの不参加といった逆風にさらされたものの、展示の中身そのものは例えばコンセプトカーでも単なる見せ物に終わらず、よく考えられたコンセプトがあり、海外のモーターショーと比べても、1つひとつ見ごたえがあったと思う。
次回は、近く商品化が予定されている車両や、部品メーカーが展示していた注目技術を紹介する。
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