人とあいさつを交わすたび、メールでのやりとりを交わすたびに出てくる言葉は「暑い」ばかりになってしまう今日この頃である。読者の皆様にも暑中お見舞い申し上げます。このコラムが掲載されている頃は、夏休みを楽しんでおられる読者も多いだろう。今回は夏休み期間中の【番外編】ということで、ドライバーの方には関係の深い話題を取り上げたいと思う。テーマは「道路交通法」である。5月28日に道路交通法の改正案が衆議院本会議で可決され、12月1日に施行されることが決まった。
「ながら運転」の罰則を大幅強化
この改正道路交通法で興味深いのが「ながら運転」の扱いである。今回の改正道路交通法で1つ注目されているのは携帯電話を使った「ながら運転」の罰則が強化されたことで、運転中に携帯電話などを使用して「交通の危険」を生じさせた場合には1年以下の懲役または30万円以下の罰金(従来は3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金)、携帯電話などを手に持って画像を注視していて「交通の危険」を生じさせなかった場合でも6カ月以下の懲役または10万円以下の罰金(従来は5万円以下の罰金)が科せられる。
ここまでは「刑事罰」だが、さらに「行政処分」として反則金も引き上げられた。具体的には携帯電話などを手に持って画像を注視していて「交通の危険」を生じさせなかった場合の反則金の限度額を、大型自動車等については5万円、普通自動車等については4万円、小型特殊自動車等については3万円に引き上げる(現在の反則金の限度額は「交通の危険」を生じさせなかった場合で大型自動車等が1万円、普通自動車等が8000円、小型特殊自動車等が6000円、交通の危険を生じさせた場合で大型自動車等が2万円、普通自動車等が1万5000円、小型特殊自動車等が1万円)。改正道路交通法では「交通の危険」を生じさせた場合については「非反則行為」となった。
「非反則行為」というと、「反則していないことになるのか?」と思ってしまうのだが、ややこしいことに意味は逆だ。道路交通法における「反則行為」というのは「軽微な交通違反」のことで、「非反則行為」というのは「軽微な交通違反ではない」つまり「重い交通違反」という意味になる。一言でいえばスマホなどを手で持って見ながら運転していて交通の危険を生じさせた場合の罰則が罰金で従来の6倍に、懲役期間も4倍へと一気に強化されたということなのだ。
この背景には携帯電話に関係する交通事故の件数が増加していることがある。警察庁によれば2018年中に運転中の携帯電話使用などが原因で発生した交通事故件数は2790件で、過去5年間で約1.4倍に増加しており、特にカーナビソフトの画面を注視しているときの事故が多くなっている。死亡事故の発生率は、携帯電話を使用している場合、使用していないときの約2.1倍に増加するという。
運転中の携帯電話使用などが原因で発生した交通事故件数は2790件で、過去5年間で約1.4倍に増加している(資料:警察庁)
自動運転中の「ながら運転」を認める
同じ期間に、交通事故件数は全体で3割減少しているから、携帯電話使用中の事故が、看過できない問題として浮上したのはよく分かる。しかしもしそうだとしたら、不思議なのは同じ改正の中で携帯電話使用の禁止を緩和する条項が同時に含まれていることだ。ちょっと難しい表現になるのだが、原文の表現は以下のようになる。
「自動運行装置を備えている自動車の運転者が当該自動運行装置を使用して当該自動車を運転する場合において、次の各号のいずれにも該当するときは、当該運転者については、第七十一条第五号の五の規定(※)は、適用しない。1. 当該自動車が整備不良車両に該当しないこと。2. 当該自動運行装置に係る使用条件を満たしていること。3. 当該運転者が、前二号のいずれかに該当しなくなった場合において、直ちに、そのことを認知するとともに、当該自動運行装置以外の当該自動車の装置を確実に操作することができる状態にあること」(※ 携帯電話等の無線通話装置を保持して使用すること及び画像表示用装置の画像を注視することの禁止)
この内容を分かりやすい表現にすれば、自動運転システムを作動させているとき、すぐに運転を代われる態勢でいる場合に限って、スマホの画面やカーナビゲーションシステム(カーナビ)の画面を注視していてもいい、ということだ。つまり、最初に紹介した改正内容では携帯電話を手に持って見ながら運転しているときの罰則を強化していながら、こちらでは運転中に携帯電話の画面を注視することを許している。全く正反対の内容が、道路交通法の改正で同時に盛り込まれたわけだ。
もちろん、罰則の強化は人間が運転している場合であり、ながら運転を許すのは自動運転中なのだから、双方に矛盾はない。しかし、筆者が非常に意外に感じたのは自動運転中のながら運転を許したことだ。
レベル3の自動運転が可能に
この道路交通法の改正によって、日本では「レベル3」の自動運転車が商品化できる環境が整った。道路交通法の改正についてはすでに年初のコラム「日産・ルノーの行方は? 手放し運転が実用化?」でも取り上げているので、内容がいくらか重複するのをお許しいただきたいのだが、まず自動運転の「レベル3」とは何かということから説明しよう。
まず現在実用化されている「レベル2」の自動運転について理解いただく必要がある。これは自動ブレーキ、車線維持支援、ステアリング操作の自動化など、複数の機能を組み合わせて、高速道路で同じ車線を走り続けるなど、限定した条件の自動運転を実現する段階である。ただし人間は常にシステムの動作状況を監視する必要がある。
これに対してレベル3の自動運転がレベル2と最も違うのは、ある限定された条件下でシステムの監視義務が不要になることだ。ただし、限定された条件から外れたり、システムが機能限界に達したりした場合には、人間に運転を移譲する。
現状のレベル2の自動運転では、ステアリング、アクセル、ブレーキなどの操作は自動化されているものの、ドライバーが過度にシステムに依存するのを防ぐために、ステアリングから一定時間(通常は10秒程度)以上手を離していると、自動運転モードを解除するように設定されている。自動運転というよりも、運転支援システムに近い位置づけだ。これに対しレベル3では、条件付きではあるのだが、人間はステアリングから手を離すことができ、システムの監視義務からも解放される。つまり、本来の「自動運転」に近づく。
今回の道路交通法の改正により、ある条件を満たせばドライバーを「システムの監視義務」から解放することが許されるようになった。その条件が先ほども触れたように、ドライバーがすぐに運転を代われる態勢にあること、である。だからシステムの監視義務から解放されているといっても、居眠りをしていたり、コーヒーを飲んでいたり、ということは認められない。
今回の改正内容を意外に感じた理由
筆者が今回の道路交通法の改正で「ながら運転」を許す内容が盛り込まれたことを非常に意外に感じた理由は、従来、ドライバーがシステムの監視義務から解放放されている間に許されるのは、カーナビゲーションやメーターなどクルマと一体化されたディスプレーを使った作業に限られるというのが業界の一般認識だったからだ。
例えばレベル3の自動運転の実用化を最初に表明した独アウディの「A8」は、ドライバーがシステム監視の義務から解放される運転条件を「高速道路の交通渋滞時(時速60km以下)」に限定したほか、運転していないときに許される作業を、車両に搭載されたディスプレーでメールを読むなど、クルマと一体化されたディスプレーでできるものに限定していた(しかし車両認証の条件が整っていないため、同車種がいまだにレベル3の機能を公道上で使えないことになっているのは先のコラムで解説した通りだ)。
運転していないときに許される作業をクルマに一体化されたディスプレーでできることに限定したのは、手動運転が必要になるときでも、クルマからの警告にいち早く気づくことができ、機械から人へ、スムーズに運転を移行できるように配慮したためだ。このコラムの「“エンジンのホンダ”が静かに方針を大転換」でも紹介したのだが、ホンダが2017年の報道関係者向けイベントで公開した2020年のレベル3実現を目指す自動運転の実験車両でも、クルマに運転を任せている間に許される作業はカーナビの画面でできることに限られていた。
強引な議論
なので、今回改めて「ながら運転」が可能になるに至った議論の経緯を調べてみたのだが、少なくとも公開されている記録を見ると、それほど丁寧に議論された感じがしなかったというのが正直なところだ。詳しい議論に関心がある読者は「平成30年度警察庁委託調査研究 技術開発の方向性に即した自動運転の実現に向けた調査研究報告書(道路交通法の在り方関係)」を参照していただきたい。
例えば委員からは「ガイドライン上、ODD(自動運転システムが設計上想定する運転条件、筆者注)の範囲外となってから警告を発することも想定されている。警告が発せられた後、運転者が自らの運転操作に切り替えるまでにはある程度時間を要することを前提とすると、ODDの範囲外となってから警告を発する場合であっても、運転者が運転操作の引き継ぎを完了するまでの間は、安全な運転を確保するシステムが自動的に作動することにより安全を確保する設計が必要である」
という問題提起があったのに対して
「ODDの範囲外となってから警告を発する場合であっても、ODDの範囲外となると同時に警告を発する設計となっている。例えば凍結であれば、凍結路面に前輪が触れると同時に警告を発する」
「なお、ODDの範囲外となる場合の警告については、自動運転車に備えられたセンサーや地図情報等を活用し、ODDを出そうであることを事前に予測し、時間的猶予を設けてあらかじめ警告を発する場合がほとんどである」
「凍結、突然の豪雨、濃霧であっても、ODDの範囲外となってから警告を発する場合はレアケースである」
「また、ODDの範囲外となってから警告を発する場合であっても、運転者が運転操作の引き継ぎを完了するまでの間は、緊急ブレーキやトラクションコントロール(スリップを防止する機能)等が自動的に作動し、交通の安全を確保する設計となっている」
「ODDの範囲外となってから警告を発する場合はレアケースであり、かつ、このレアケースにおいても、ODDの範囲外となると同時に警告を発する設計となっており、また、警告を認知した運転者が運転操作の引き継ぎを完了するまでの間は、システムによって自動的に交通の安全が確保されることから、このような場合があることを前提としても、自動運転中の運転者は少なくとも警告を認知することができる程度の注意を払い、警告を認知すれば直ちにシステムの使用を中止し、自らの運転操作に切り替えることができる態勢であれば、交通の安全は確保される」
というような説得がされたようだ。
これも分かりやすい表現にすると「人間が運転を代わるのには一定の時間が必要だが、自動運転システムが対応できないような事態が起こるとしても、それは多くの場合事前に予測可能なので、引き継ぎの時間は確保できるし、予測できないようなレアケースでも、緊急ブレーキやトラクションコントロールで引き継ぎ時間は確保できるから大丈夫」というような感じだ。
この「多くの場合予測可能」というのはちょっと楽観的に過ぎるし、緊急ブレーキやトラクションコントロールで常に安全を確保できる保証はあるのだろうか? という印象が筆者には否めなかったのだ。
ということでこの議論には半ば強引な印象を受けたのだが、別の資料「平成29年度警察庁委託事業 技術開発の方向性に即した自動運転の段階的実現に向けた調査研究報告書」を見て納得がいった。
この資料によれば、ドイツでは日本に先立つ2017年5月に道路交通法の改正が施行されており、この改正の中で、レベル3のシステムを備えた車両では携帯電話の使用が認められているのだ。
レベル3で携帯利用は中途半端か?
議論の結果、携帯電話の使用が認められたというよりは「ドイツでは許可してるんだから日本でも許可しましょう」という流れだったのではないかというのが、これらの資料を眺めた筆者の「印象」である。ただ、今回のような理屈で携帯電話を認めたとすると、法律には明記されていないものの、すぐに運転を代われる状態であれば、スマホではなく雑誌や新聞を読んでもいいはずだよな? など疑問がいろいろと浮かぶ。
筆者の個人的な意見としては、人間と機械の間を運転の権限が行ったり来たりするレベル3は中途半端で、一定の条件下ならドライバーは運転のことを忘れてしまえる「レベル4」に早く移行するのが望ましいと思った今回の法改正だった。
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