少し時間がたってしまったのだが、7月の初旬にドイツ・ハノーバーで開催されたドイツ・コンチネンタルのプレスツアーに参加する機会があった。ハノーバーは毎年4月に開催される世界最大級の産業見本市「ハノーバー・メッセ」の開催地として有名なのだが、残念ながら筆者にはこれまで訪れる機会がなかった。今回コンチネンタルが確保してくれたホテルはまさにメッセ(見本市会場)の目の前で、視界の続く限り続くその規模の大きさにはちょっと圧倒された。
ホテルのエレベーターホールから見たハノーバーのメッセ
2040年にエンジンは「終わる」
米オートモーティブ・ニュースによる2018年版の「Top 100 global OEM parts suppliers」でコンチネンタルはドイツ・ボッシュ、デンソー、カナダ・マグナインターナショナルに次ぐ4位にランキングされるメガサプライヤーである。今回のプレスツアーの目的は同社の技術を紹介するプレスイベントに参加して、電動パワートレーンや自動運転の開発の現状について知ることだったのだが、最初に驚かされたのが、今回のプレスイベントの冒頭で行われた同社の取締役会会長エルマー・デゲンハート氏による基調講演だ。
イベントの冒頭に基調講演をしたコンチネンタル取締役会会長のエルマー・デゲンハート氏(写真:コンチネンタル)
同氏はこの講演の中で、2025年に開発が始まり、2030年に生産が始まるディーゼルおよびガソリンエンジンが内燃機関がの最後の世代になり、2040年以降には内燃機関が順次廃止されるだろうとの予測を披露した。
「エンジンの終焉(しゅうえん)」をここまではっきりと語った自動車業界の経営者は、完成車メーカーを含めても筆者の記憶にない。筆者だけでなく、同イベントに参加していた世界(主にアジア・中東地域)のジャーナリストたちをも少なからず驚かせていた。
デゲンハート氏は2040年以降にエンジンは“終焉(phase out)”を迎えるという予測を披露した
コンチネンタルというとタイヤメーカーのイメージが強い読者もいるかもしれないが、同社は1990年代からタイヤ以外の自動車部品事業を手掛ける企業の買収を本格化し、いまやタイヤの売上比率は全体の1/4程度にすぎない。
逆に燃料噴射装置やエンジン向けセンサーなどを含むパワートレーン部門の売り上げは17%(2017年の売上比率)を占めるまでになっている。エンジン部品で世界の多くの完成車メーカーと付き合いがあるコンチネンタルの“予言”なのだから、決して同社が勝手に裏付けなく語っているはずはない。
もっとも、2040年の“エンジンの終焉”は時代の必然でもある。自動車業界は地球温暖化に歯止めをかけるため、2050年までに自動車から排出するCO2の量を8~9割削減する目標を掲げる。
例えばトヨタ自動車は2050年に新車からのCO2排出量を90%削減するという「トヨタ環境チャレンジ2050」を2015年に発表している。CO2を90%削減しようとすれば、販売車両の大半はEV(電気自動車)やFCV(燃料電池車)にしなければ達成は不可能だ。
なので理屈から考えればデゲンハート氏が語っていることは当然なのだが、いざ「エンジンの終焉」という言葉が自動車業界の責任ある地位に就く人の口から発せられると、やはりある種の感慨を覚えざるを得ない。
モーターとインバーターを一体化
デゲンハート氏の言葉と呼応するように、今回のイベントの展示の目玉の1つは電動化システムだった。これまで日本の部品メーカーが、モーターやインバーター、減速機といった要素部品をバラバラに完成車メーカーに納めることが多かったのに対して、欧州や中国の完成車メーカーはこれらの要素部品を組み合わせた「電気動駆動システム」として購入するのを好む傾向があり、部品メーカー各社も以前からシステムとして完成車メーカーに納入しているケースが多い。
コンチネンタルが今回展示した最新の電気駆動システムも、モーターやインバーター、減速機、ディファレンシャルギア(差動歯車機構)を一体化したもので、これを車両に取り付けて後輪を駆動すれば、すぐにEVを仕立てることができる。今回展示したシステムは、出力120~150kWという高出力のモーターをインバーターや減速機と組み合わせたもので、中国の完成車向けに、年内に中国で量産を始めるという。小型で軽量なのが特徴だとしており、例えばシステム全体の重量は77kgと、日本電産が2019年4月から生産を始めた出力150kWの電気駆動システムに比べて10kg軽い。
中国の完成車向けに、年内に中国で量産を始める電気駆動システム
太陽電池を搭載したEV
電動車両関連の展示で興味深かったのが、ドイツのEVベンチャーであるSono Motorsが量産を計画するEVの「Sion」である。この車両がコンチネンタルの電気駆動システムを採用しているという関係で今回のイベントにも車両を持ち込んでいたのだが、同車の売りものは「世界初の太陽電池で充電する量産EV」であることだ。
屋根や車体側面に248枚の太陽電池を貼り付けることで、ドイツの平均的な日照時間の場合、1日充電することで34kmの走行が可能だという。短距離の移動ならCO2をまったく排出せずに走行できる計算だ。
もちろん通常のバッテリーも35kWh搭載しており、250kmを走行できる。同社はドイツの企業だが、車両の量産はスウェーデンのNEVSという中国資本の企業が担当することになっており、2020年中ごろからの量産開始を目指している。
この車両に試乗してみたのだが、はっきり言って車両の仕上がりはまだまだ手作りという感じだった。ただし車体自体の剛性はしっかりしており、思ったよりも安心してステアリングを握ることができた。
予定する価格は2万5500ユーロ(1ユーロ=130円換算で331万5000円)、生産台数は年間4万3000台を見込む。4万3000台といえばかなりの規模だ。こういうベンチャー企業が出てくるところに欧州の底力を感じるし、量産を引き受けるのが中国資本のスウェーデン企業であることには、中国資本が様々なかたちで欧州に進出していること(そういえばスウェーデン・ボルボも中国・吉利汽車の関連会社になっている)を実感させられた。
“ロボタクシー”を試乗体験
車両の電動化と並んで今回のイベントの柱となっていたのが自動運転技術だ。筆者が楽しみにしていたことの1つが、自動運転車両の開発ベンチャーであるフランス・イージーマイルの車両に試乗することである。
コンチネンタルはイージーマイルに2017年に出資しており、イージーマイル製の車両「EZ10」を自動運転開発プラットフォームと位置づけて、自社製のセンサーや自動運転ソフトウエアを搭載して評価に使っている。
今回試乗したのも車両はイージーマイル製だが、センサーやソフトウエアはコンチネンタル製(一部他社製もある)だ。コンチネンタルは自社製のセンサーやソフトを搭載したEZ10を「CUbE」と呼んでいる。
ロボタクシー「CUbE」。人間のドライバーなしに低速で走行する
CUbEは個人所有向けではなく、公共交通向けの5~6人乗りの小型バスのような車両だ。最高時速は20km程度、航続距離は80km程度という。今回試乗したのはハノーバーにあるADAC(ドイツ自動車連盟)のテストコースだ。
走行するコースのデジタル地図を内蔵しており、GPS(全地球測位システム)の位置情報やLiDAR(レーザーレーダー)により計測した周囲の物体の形状、ミリ波レーダーから検知した周囲の物体の位置、カメラから得た周囲の映像などから、自車両の位置を把握し、道路上の決められたコースを、周囲の物体との衝突を避けながら走る。
当然のことながら試乗は平和なものだった。なにしろ走行速度が20km程度だし、試乗コースには障害物も、他の車両も歩行者もいない。車両内にはハンドルやアクセル、ブレーキはなく、向かい合わせに6人程度座れるシートが備えられている。担当者がスタートのボタンを押すと発車するのだが、ジョイスティックのような器具を使って、マニュアルで操作することも可能なようだ。もっとも、通常のハンドルで操作するよりも、ジョイスティックで車両を運転するほうがずっと難しそうな感じがしたが……。
タイヤの空気圧を自在に制御
コンチネンタルの祖業であるタイヤでもいくつかのイノベーションを提案していた。その1つが「DynamicPressure」と呼ぶ可変圧タイヤである。具体的には走行する路面の状態に合わせて空気圧を変化させることで荒れた路面では空気圧を下げて乗り心地を向上させる一方で、良好な状態の路面では空気圧を高めて転がり抵抗を減らして燃費を向上させる。今回のイベントでは、タイヤの内部に空気圧を計測するセンサーを取り付け、ホイールにポンプを内蔵してタイヤの空気を調節する試作タイヤを展示していた。
空気圧センサーをタイヤ内に、ポンプをホイール内に内蔵する「DynamicPressure」
ポンプの電源が気になるところだが、試作タイヤではホイール内に電池を搭載していたものの、これでは充電や電池交換が必要になる。実際に商品化する際にはタイヤの回転から動力を得て発電する装置を取り付けて電池に充電するなどのアイデアが考えられるという。
一方、安全装備の分野でも面白い展示があった。車外と車内を同時に撮影するカメラ「Road AND Driver」だ。通常、自動ブレーキなどの機能を実現するためのカメラはフロントウインドー上部の中央に取り付けられている場合が多い。今回展示したカメラは、前方を監視するだけでなく、ドライバーの方を向いた赤外線カメラも一体化されているのが特徴だ。
前方を監視するカメラと後方を向いたドライバー監視用の赤外線カメラを一体化した「Road AND Driver」カメラ。左側の黒い円筒部分がドライバー監視用カメラ
現在実用化されている運転支援システムは、システムの動作状態を人間が常に監視する必要がある「レベル2」だ。ステアリング操作が自動化されていても、人間は運転に気を配っている証拠にステアリングに軽く手を添えている必要がある。これに対して、例えば日産自動車が9月に発売する「スカイライン」の部分改良モデルに搭載される新世代の運転支援システム「プロパイロット2.0」では「手放し運転」が可能になっている。
プロパイロット2.0については以前のこのコラム「ゴーン氏の“呪縛”から解放された日産『プロパイロット2.0』」で詳しく説明したのだが、ステアリングにドライバーの手を添えさせる代わりに、室内に取り付けたカメラでドライバーを常に監視しており、ドライバーが目をつむったり、横を向いたりすると警告し、それでもドライバーが視線を前方に戻さない場合にはクルマを停止させる機能を備える。
こうしたドライバー監視用のカメラは通常、インストルメントパネル上面などに取り付ける場合が多い。これに対して今回コンチネンタルが展示したカメラはドライバーを監視するカメラも前方監視用カメラと一体化されているので、別個のカメラをインストルメントパネルに取り付ける必要がない。取り付けコストの低減につながる、インストルメントパネルにカメラ用のスペースを確保する必要がなくなる、といった利点がある。
今回のイベントの展示は盛りだくさんで、今回のコラムではその一部しか紹介できなかったが、例えば同社が2040年に終焉を迎えると予言したエンジンの分野でさえ、多彩な技術の展示があった。現在の自動車業界は電動化や自動化という次世代のトレンドに対応する一方で、既存の技術の改良にも取り組まなくてはならない「二正面作戦」を余儀なくされている。
当然のことながらすべてを自社で手掛けることはできない。どんな技術に力を入れ、どんな技術は他社に任せるのか、これまで以上に「選択と集中」が要求される時代になっていることを今回のイベントでは実感した。
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