まさに狙いすましたタイミングで、その新技術は発表された。日産自動車が5月16日に発表した新運転支援システム「プロパイロット2.0」のことである。日産はその2日前に2019年3月期の連結決算を発表し、連結純利益が前期比57%減の3190億円、世界販売台数が4%減の約552万台となることを発表した。しかも、2020年3月期の連結業績見通しは、純利益でさらに47%減の1700億円と10年ぶりに3000億円を割り込む見通しだ。
新開発の運転支援システム「プロパイロット2.0」のイメージ写真。国内メーカーでは初めて「手放し運転」を可能にした(写真:日産自動車)
年間配当予想は前期比17円減の40円に減らす。中期計画で設定していた2023年3月期の売上高目標も従来目標の16兆5000億円から2兆円引き下げた。いわばバッドニュースばかりの決算発表で、株価も大きく落ち込んだ。日産にはどうしてもグッドニュースが必要だったわけだ。それが新運転支援システムの発表だった。
自動運転技術はEV(電気自動車)と並んで前社長のカルロス・ゴーン時代から日産が推進してきたいわば「2枚看板」の1枚だった。その看板の1枚が、ゴーン氏の退場で、これまでのいろいろな「呪縛」から解放されてきたなというのが、今回の発表を聞いての印象だ。
“自動運転技術”から“運転支援システム”へ
このコラムでも以前「大胆だけれど細心な日産の自動運転技術」で取り上げたように、もともと日産は世界の完成車メーカーとしては最も早く、2014年に自動運転技術の開発ロードマップを公表した。その内容は、2016年に高速道路・単一レーンでの自動運転、2018年に高速道路・複数レーンでの自動運転、そして2020年に交差点や十字路を含めた一般道路での自動運転を実用化するというものだ。その公約通り、高速道路の単一車線を走る際のステアリング、アクセル、ブレーキ操作を自動化した「プロパイロット1.0」を、2016年8月に発売した新型「セレナ」に採用した。その後、今年3月末に発売した新型軽自動車「デイズ」に至るまで幅広い車種に採用を広げている。
今回発表された「プロパイロット2.0 」は、2018年に実用化するはずだった「高速道路・複数レーンでの自動運転」に当たる技術だ。しかし今回の日産の発表によれば、プロパイロット2.0の実用化は2019年秋に部分改良する新型「スカイライン」からになる。2014年に発表した開発ロードマップからは1年遅れということになり、もし現在でもゴーン氏が社長であれば「コミットメント未達」ということで問題になったかもしれない。
さらに筆者が「ゴーン後」を感じたのはプロパイロット2.0のプレスリリースの中で日産がこの技術を「運転支援システム」と表現していることだ。これまで日産は一貫してプロパイロットを「自動運転技術」と表現してきた。この点については筆者も先に引用したコラムで「このように、極めて現実的にでき上がっているプロパイロット1.0だが、いささかの疑問は、このシステムに『自動運転技術』という名称を使ったことである」と書いた。実際には同社の当時の技術担当役員もプロパイロット1.0の発表の席で「これは運転支援システムです」と言っていたにもかかわらずである。
この理由について筆者はこのコラムの中で「2014年に同社が発表した開発ロードマップの中でゴーン社長(当時)が『自動運転』という表現を使っていることから、今回プロパイロットを市場投入するに際しても、この表現を使わざるを得なかったのだろう」と推測した。ゴーン氏が退場してからのニュースリリースの表現がさりげなく「自動運転技術」から「運転支援システム」に変わっているのを見て、ゴーン氏の“呪縛”から解放されてきたという印象を抱いたわけだ。
「手放し運転」を可能に
そのプロパイロット2.0の中身も、筆者が事前に想像していたものとはだいぶ変わっていた。筆者の想像以上に大胆だったところもあれば、筆者の想像以上に慎重だったところもある。その「大胆だと思ったところ」と「慎重と感じたところ」について説明する前に、まずプロパイロット2.0の特徴をまとめておこう。
まず第1の特徴は、ナビゲーションシステムとの連動が可能になったことだ。ナビゲーションシステムで行き先を選び、ナビが設定したルートを走行中に、高速道路の本線に合流してプロパイロット2.0による運転支援が可能になると、ディスプレーの表示と音でドライバーに知らせてくれる。
第2の特徴は「手放し運転」が可能になったことだ。ドライバーがスイッチ操作で運転支援システムの動作を開始すると、ドライバーが設定した速度を上限に、先行車両との車間距離を一定に保ちながら車線中央を走行するように運転を支援する。このとき、ドライバーが常に前方に注意し、道路・交通・自車両の状況に応じて直ちにステアリングを確実に操作できる状態にあるとクルマが判断した場合に限ってステアリングから手を離しての走行が可能になる。
第3の特徴は車線変更の支援だ。前方にドライバーが設定した速度より遅い車両が走行している場合、システムが追い越し可能と判断するとディスプレーへの表示と音でドライバーに提案する。ドライバーがハンドルに手を添えてスイッチ操作で承認すると、クルマが自動的にステアリングを操作して右側の車線へ移動する。追い抜きが完了すると、車線変更可能なタイミングをシステムが判断し、同様の操作で元の車線へと戻る。ドライバーが自分の意思で車線変更を行いたいときには、ハンドルに手を添えて方向指示器を操作し、システムが車線変更可能と判断すると、クルマが自動的にステアリングを操作して車線変更する。
車線変更を提案する車内ディスプレーの映像(写真:日産自動車)
そして第4の特徴は、ルート上の高速道路出口に近づくとディスプレーの表示と音でドライバーに知らせ、必要に応じて車線変更を促してくれることだ。高速道路の本線を離れると、運転支援システムの作動を終了する。
まとめると、高速道路の同一車線を走行しているときにステアリングに手を添えていればアクセル、ブレーキ、ステアリングの操作を支援してくれる現行のプロパイロット1.0に対して①ナビのルート上でシステムが作動可能なときには教えてくれる、②高速道路の同一車線走行中は手放し運転可能、③高速道路で前方に遅いクルマがいるときは、ドライバーがステアリングに手を添えてスイッチ操作で承認するとクルマが周囲の安全を確認してステアリング操作を補助してくれる、の3点が新機能ということになる。
デジタル3次元地図を初搭載
こうした新機能を実現するために、プロパイロット2.0は1.0にはなかった多くの要素技術を搭載している。
まず挙げられるのが、3D高精度デジタル地図データ(HDマップ)だ。乱暴に言えば、これまでのプロパイロットのステアリング操作はカメラで道路の白線を認識し、そこからはみ出ないように制御していたにすぎない。車両が今どこを走っているのかをシステムは把握していなかった。これに対して今回のプロパイロット2.0は道路の形状を3次元的にデジタル化した地図データをシステムに内蔵している。
道路の形状だけでなく、案内看板など道路周辺の物体(ランドマーク)も併せてデータ化している。この地図データとGPS(全地球測位システム)からのデータを照合して、自分の車両が今どこを走っているかを道路の幅方向には5cm程度、進行方向に対しては1.0m以内の誤差で割り出す。GPSは10m程度の位置誤差があるのだが、それで地図上のどのあたりにいるのか見当をつけ、道路上の案内看板がカメラでこの位置に見えているから車両はこの位置にいるだろうという精密な位置決めをする。ランドマークとランドマークの間は、タイヤの回転数や車両の向きから位置を推定する。
1.0では不要だったデジタル地図が、どうして2.0では必要になったのか。1つの理由はナビ連動機能の実現のためだ。システムが作動可能になったらドライバーに知らせる機能は、自車両がどこを走っているかが分からなければ実現できない。そしてもう1つの理由はスムーズで正確なステアリング操作のためだ。現在はカメラで道路形状を見ながらシステムがステアリングを切っているが、道路形状が変化する場合には応答はどうしても遅れがちになり、操作の修正も多くなる。デジタル地図を持っていれば道路形状の先読みができるのでステアリングをスムーズに操作できる。
より切実なのが道路形状の読み間違い防止だ。筆者もプロパイロット1.0の動作中に経験があるが、高速道路の白線を引き直した箇所で、古い車線をカメラが認識してそれに合わせてステアリングを切ろうとしたことがある。ステアリングに手を添えていたので問題はなかったが、プロパイロット2.0のように手放し可能なシステムだとドライバーの反応は遅れるはずだ。デジタル地図を持っていればこういう読み間違いもなくなる。
“三つ目”のカメラを搭載
プロパイロット1.0はカメラ1個だけで外界を認識していたので、カメラが決定的に重要なセンサーだった。これに対してプロパイロット2.0ではカメラのほかミリ波レーダーを5個、ソナー(超音波センサー)を12個備えているほか、カメラも従来の1個から一気に7個に増えている。
プロパイロット2.0ではカメラ7個、ミリ波レーダーを5個、ソナー(超音波センサー)を12個備えている(写真:日産自動車)
ただし、これらのセンサーの中で最も重要なのは、依然としてルームミラーの裏側に取り付けられた前方監視用のカメラだ。これは近距離・広画角、中距離・中画角、長距離・狭画角の3つのカメラを一体化した“三つ目の”カメラユニットで、従来の中距離・中画角のカメラ1個の場合に比べて、より広い範囲にある物体や、より遠くにある物体を捉えることができる。
今回のシステムでは、白線や前方の物体だけでなく、周囲のランドマークから車両の位置を検知するのにもカメラを使っており、カメラの重要性がより増しているのに対応した変更だ。さらに、このカメラと前方監視用のミリ波レーダーを組み合わせて、カメラだけの場合よりも確実に前方の物体を捉えられるようにしている。日産自身は明らかにしていないが、ドイツの大手部品メーカーであるZF製の可能性が高い。なお、残りの4つのカメラは、車両を上方から俯瞰(ふかん)したような画像を表示することで駐車時の安全性を高めるアラウンドビューモニター用だ。
ドイツZF社の近距離・広画角、中距離・中画角、長距離・狭画角の3つのカメラを一体化したカメラユニット「TriCam」(写真:ZF)
一方、残りのミリ波レーダー4個とソナー12個は、車両の周囲を全方位で監視する役割を果たす。今回のシステムでは、単一車線の走行支援に限られていた従来のプロパイロットと異なり、車線変更も支援する。先に説明したように、先行車の速度が遅い場合にクルマの側から車線変更を提案してくれて、これを承認するとステアリングに手を添えている必要はあるが、操作自体はクルマがやってくれる機能を備えている。この車線変更のときに、移ろうとする車線にクルマがいないか、後方から近づいてくるクルマがいないか、安全を確認するために、これだけ多くのミリ波レーダーとソナーを備えているわけだ。
さらに、車両の外だけでなく、車内のドライバーの状態をモニターするカメラを備えているのもプロパイロット2.0の特徴だ。プロパイロット2.0は「手放し運転」は可能であるものの、自動運転のレベルとしては「レベル2」にとどまる。これは、操作は自動化されているものの、ドライバーはシステムの動作状態を監視し、もしシステムが異常な動作をしたらそれを修正する義務を負う。そして、万一事故が発生した場合にも、基本的にはドライバーの責任になる。
ドライバーの状態をモニターするためのカメラを備えている(写真:日産自動車)
このドライバー責任を明確化するため、「手放し運転」をしている間もドライバーは前方を注視し、周囲の状況やシステムの動作状況を監視する義務を負う。ドライバーをモニターするカメラは、ドライバーが前を向いているか、眼を閉じていないかを監視し、もし眼をつぶっていたり、よそ見をしたりしている場合には警告を出し、もしそれでもドライバーの状態が改められない場合には、システムを終了させる。
大胆さと慎重さと
だいぶ説明が長くなってしまったが、大胆さと慎重さに話を戻すと、まず大胆と思ったのは国内の完成車メーカーとしては初めて「手放し運転」を可能にしたことである。これには筆者も相当な驚きを感じた。というのも「手放し運転」についての国際基準は現在策定中だからだ。自動運転技術に関しては国連欧州経済委員会(UN-ECE)の政府間会合(WP29)において国際調和活動を実施しており、「手放し運転」を可能とするために車両が備えるべき要件について国際基準はまだ発効していない。その段階で手放し運転の商品化を決めたことに「大胆さ」を感じたのだ。
もちろん、国連の政府間会合で国際基準が定まっていないからといって、国内での「手放し運転」ができないわけではない。以前このコラムの「2018年はエンジン革新の年」でも触れたのだが、米GMは国連での議論を待たず、既に手放し運転を実用化している。2017年夏に発売したキャディラックブランドの最高級車種「CT6」から搭載を始めた運転支援システム「スーパークルーズ」がそれだ。
米国では国連の議論の行方に左右されず、NHTSA(米国運輸省高速道路交通安全局)が独自にこれらの装備の認可を判断しており、GMは独自の安全対策によって手放し運転を実現したわけだ。ちなみに、GMのスーパークルーズも日産のプロパイロット2.0と同様に室内にカメラを備え、ドライバーが前方を注視しているかどうかを監視している。
ただし米国は以前から国連の議論に左右されず独自に様々な技術の許認可を判断しているのに対して、日本は国連の議論を待つ傾向が強かった。だから今回の日産の判断には驚いたのだ。もっとも、最近では日本が独自の判断をする場面も増えており、例えば5月28日に成立した改正道路交通法では、システムが一定の要件を備え、緊急時にドライバーが運転を代われる状態であれば、ドライバーが周辺監視やシステム監視の義務から解放される「レベル3」の実用化が可能になった。これも国連の国際基準の策定に先立って日本で決定された内容だ。
一方で「慎重」だと感じた点は、依然としてプロパイロット2.0が「レベル2」にとどまる点だ。すでに国内では先に触れたようにレベル3の車両を商品化するための法規的な環境は整えられた。ホンダは2020年には高速道路の渋滞中に限ってレベル3の自動運転を実現する技術を商品化する計画だ。
これに対してプロパイロット2.0の開発責任者である日産 AD/ADAS先行技術開発部部長の飯島徹也氏は今回の発表で「(プロパイロット2.0は)現在ある技術を最高レベルでインテグレーション(統合)したものであり、この先の段階を簡単にやることはできない。ある(一定の)時間がかかる」と発言しており、少なくとも2020年にレベル3まで可能にした「プロパイロット3.0?」が出てくる可能性は低そうだ。レベル3は、作動中に事故を起こせば基本的にはメーカーが責任を負うことになり、慎重な姿勢を示すことは理解できる。しかし、すでにドイツ・アウディも最高級車「A8」で高速道路での渋滞中にレベル3を実現することを目指すなど、内外でレベル3を実用化する動きが活発化している。自動運転でリーダーを自任する日産のことだから、慎重でいられる時期は意外と短くなるかもしれない。
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