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開発は日産、生産は三菱

 三菱自動車のeKシリーズと、その兄弟車種である日産のデイズシリーズは、三菱と日産が折半出資で設立したNMKVでデザイン・企画を手がけている。従来のeKシリーズおよびデイズシリーズは、企画が定まったあとの開発・生産の両プロセスを両方とも三菱自動車が手がけていたのだが、新型eKシリーズおよびデイズシリーズでは、先程も触れたように開発を日産、生産を三菱が手がける分業体制に変わった。

 一言で「変わった」と説明したのだが、これは非常に大変なことである。企業が違えば開発工程が異なるのはもとより、そもそもそれぞれの工程をどう呼ぶか、という慣習も異なる。どの言葉がどういう内容を意味するかという「翻訳作業」や、使う用語を合わせる「言葉合わせ」には相当な時間と手間を費やしたようだ。このあたりの両社の開発の苦労はNMKVのホームページのレポートに詳しい。

 当然のことながら製造する工場の事情が分からなければクルマの設計はできない。それぞれの工場特有の制約条件を満たさなければならないからだ。eKシリーズやデイズシリーズは、三菱自動車の水島製作所で製造しており、開発も水島製作所のことをよく知る三菱自動車側が担当していたから問題はなかった。しかし今回は水島製作所のことをまったく知らない日産自動車のエンジニアが開発を担当することになったのだから、その意思疎通だけでも大変な手間を要したようだ。

 これだけの手間をかけても今回、日産が開発を担当した理由について両社は、日産が実用化で三菱よりも先行する運転支援技術「プロパイロット」などを盛り込むためと説明している。確かにこうした技術を搭載するうえで日産が開発を担当したほうが効率的なのは間違いない。しかしいささか邪推すれば、新型eKシリーズやデイズシリーズの開発が始まった時期に、燃費不正事件で三菱自動車に対する信頼度が落ちていたといたという事情もあるだろう。

 新開発のエンジンはルノー・日産グループが新興国向けに開発した排気量0.8Lの「BR08型」をベースに排気量を0.66Lに縮小した「BR06型」である。BR08型エンジンは日産車でいえばインド向けの車種「Datsun redi-GO」に搭載されている。BR06型エンジンの特徴はシリンダーのボア(内径)×ストローク(行程)が62.7×71.2mmで、ストロークのほうがボアよりも大きい「ロングストローク型」になっていることだ。

 先代車のエンジンは65.4×65.4mmでボアとストロークが等しい「スクエア型」だった。ストロークが短いエンジンのほうがピストンが往復する距離が短くなるのでエンジンの回転数を高めやすく、またボア径が大きいと吸気・排気のバルブ径も大きくできるので小排気量で大出力を得るには有利だ。ストロークが短いとエンジンの高さを抑えられるメリットもある。

 従来型eKワゴンに搭載していたエンジンは、以前に三菱自動車が生産していた軽自動車「i」向けに開発されたエンジンをベースにしていた。iはエンジンを後輪の前に配置する「ミッドシップレイアウト」を採用した個性的な軽自動車で、エンジンを床下に搭載するためにエンジンの高さを抑える必要があり、ボアの大きいスクエア型の設計を採用した。

 しかし最近の自動車では軽自動車も含めてロングストローク型を採用することが多くなっている。その理由は、ロングストロークにしてボアを小さくしたほうがエンジンの燃焼室の表面積を小さくでき、熱損失を減らせるからだ。つまりロングストロークのほうが燃費の向上に有利という特徴がある。

 今回のeKクロスに搭載されている新型エンジンのボアとストロークの比率を計算すると、ストロークがボアの約1.14倍なのだが、最近の軽自動車用エンジンではホンダの現行型「N-BOX」に搭載されているエンジンのボアxストロークが60.0x77.6mmで、ストロークがボアの約1.29倍という極端なロングストローク型になっている。ボアxストロークというエンジンの基本的な部分で先代のeKシリーズやデイズシリーズは燃費の面でハンディキャップを抱えていたわけで、燃費不正の遠因はここにあったともいえる。今回のエンジン刷新で、ようやく他社と燃費競争を戦える条件が整ったといえる。

燃費の優先順位は8位

 ところが、三菱自動車の開発担当者によれば、燃費はもはや消費者の最大の関心事ではないという。同社が軽自動車を購入する人に重視する点を聞いたところ、2008年には1位が税金・保険などの諸経費、2位が車両価格、そして3位が燃費と、経済的な項目が目立った。ところが10年後の2018年になると、2位の車両価格は変わらないものの、なんと1位は車体色で、3位はスタイル・外観に変わったという。燃費の優先順位は4位の安全性、5位の室内の広さ、6位の運転のしやすさ、7位の視界の良さに次ぐ8位に過ぎない。軽自動車を選ぶ消費者の価値観はこの10年で様変わりしたのだ。

 だからといって三菱自動車が燃費を軽視しているわけではなく、新型eKシリーズではJC08燃費も従来の25.8km/Lから29.4km/Lへと向上(ベースグレード同士の比較)しているのだが、先の調査結果を反映して記者説明会ではほとんどそれについての言及はなく、カラーバリエーションの豊富さやデザイン、安全性や室内の広さ、運転のしやすさなどを重点的に説明していたのにはちょっと驚いた。

 新しいeKシリーズの特徴としてまず挙げられるのが室内の広さだ。もはやこのクラスの軽自動車はどの車種も室内幅を除いて上級のAセグメントやBセグメントの車種をしのぐ広さを手に入れているのだが、そうした中にあっても新型eKシリーズの室内の広さはトップクラスだ。あとで説明するようにコンパクトな新型CVT(無段変速機)を採用したことなどでエンジンルームの長さを約65mm短縮し、そのぶんホイールベースを65mm伸ばしたことで、特に後席の足元スペースが広がった。スライド可能な後席を一番後ろの位置にすれば、後席で足を組むことはもちろん、小柄な人なら床に正座できるくらいのスペースが広がる。後席の足もとの床面が4輪駆動仕様を含めてフロアトンネルのないフラットな形状になっていることも後席スペースをより広くかんじさせている。

新型eKシリーズのパッケージの新旧比較。新型eKシリーズはエンジンルームを65mm短縮し、その分室内を広くした(資料:三菱自動車工業)

 逆に後席を一番前の位置までずらしても、後席にふつうに腰掛けるには何ら問題のないスペースが確保されている。一方で荷室は大幅に広がるので、ふだんはこの位置にしておくのが実用的には便利かもしれない。今回試乗したのは4輪駆動車だったので実車では確認できなかったが、2輪駆動車では荷室の床下に54Lの床下収納も確保していて、これを利用すればA型のベビーカーを縦に積むこともできるという。

エンジン性能も向上

 室内や荷室の拡大に加え、今回のeKシリーズの売り物は走行性能の向上である。これはユーザーにとっては「運転のしやすさ」につながる。先にスクエア型のエンジンのほうが出力の向上に有利だという話をしたのだが、実際には新型eKシリーズのエンジンは従来型に比べて出力、トルクとも向上している。具体的には今回試乗した自然吸気エンジン同士の比較だと、従来エンジンが最高出力36kW、最大トルクが56N・mだったのに対して新型エンジンはそれぞれ38kW、60N・mになった。

 出力確保に不利なロングストロークエンジンで出力を稼ぐために、新型エンジンでは従来吸気側だけだった可変バルブタイミング機構を排気側にも採用して吸排気の流れをスムーズにしている。出力向上もさることながら、今回のエンジンの特徴は全域でトルクがアップしていることで、停止状態からの走り出しや、高速道路での合流がよりスムーズになったという。

 走行性能の向上には新開発のCVTも貢献している。従来のeKシリーズでは副変速機付きCVTを採用していた。これは低速と高速の2段切り替えの副変速機をCVTと組み合わせることで、変速比幅を7.29に広げたものだ。しかし従来の副変速機付きCVTは、リッターカークラスまで使えるようにトルク容量が大きかったうえ、しかも副変速機があるため、軽自動車用としては大きく重くなっていた。今回採用した新型CVTは軽自動車専用に開発されたもので、従来のCVTに比べて寸法がコンパクトになり、エンジンルームの短縮に貢献したほか、質量も4.2kg軽くなった。副変速機がないので、変速比幅は従来より狭い5.97になったが、あとの試乗記でも紹介するように、それによるデメリットはあまりないと感じた。