三菱自動車の新型軽自動車「eKクロス」。最近の三菱車に共通するフロントデザイン「ダイナミックシールド」を採用したのが特徴
日本の自動車業界を震撼(しんかん)させた三菱自動車工業の「燃費不正事件」。このコラムでも「やり切れない三菱自動車の燃費偽装」として取り上げたが、まさにその震源となったクルマが今回取り上げる三菱自動車の軽自動車「eKシリーズ」と、その兄弟車種である日産自動車の「デイズシリーズ」だった。その不正の内容は、先に挙げたコラムをご参照いただきたいのだが、この事件がきっかけとなって三菱自動車がルノー・日産グループの一員となったことは読者の皆さんもよくご承知のことと思う。
そしてその事件は、日産をはじめスバルやスズキをも巻き込む完成品検査における不正が発覚するきっかけにもなった。さらに、三菱自動車の燃費不正の背景となったのが過度の燃費競争だったこともあり、その後自動車メーカー間でわずかな数値の差を競うような燃費競争が影をひそめたことも、この事件の影響といえるだろう。
そのeKシリーズ(と日産のデイズシリーズ)がこの3月末に全面改良された。日産と三菱自動車の軽自動車事業における関係は、三菱自動車のeKシリーズのOEM供給を日産が受けるところからスタートしたので、先代のeKシリーズは三菱自動車が開発主体となっていたが、新型eKシリーズは日産が主体となる新たな体制で開発が進められた。その結果、プラットフォーム、エンジン、変速機といった主要なコンポーネントはすべて新開発となり、文字通り全面的に新しいクルマに生まれ変わった。
日産のデイズが、標準仕様とハイウェイスターという二つのシリーズで構成されるのと同様に、eKワゴンも二つのシリーズで構成されるのは先代と同様だ。先代の名称は「eKワゴン」と「eKカスタム」で、カスタムのほうはスポーティーさを前面に押し出したデザインを採用していた。これが今回はeKワゴンと「eKクロス」という名称に変更され、eKクロスはSUV(多目的スポーツ車)的なテイストに改められた。
このeKクロスは、以前のこのコラム「新型『デリカD:5』はディーゼルだけで大丈夫なのか?」でも、新型デリカD:5と並べた写真を紹介しているのだが、最近の三菱車に共通する「ダイナミックシールド」と呼ぶフロントデザインを採用している。これは、四角い大型のグリルを正面に置き、上のほうに一見ヘッドランプに見えるような細長い車幅灯を配置し、本来のヘッドランプはグリルの両側に縦に配置するというものだ。最近のミニバンはどのメーカーの車種も大型のグリルを採用した存在感の強いデザインを採用する場合が多く、三菱自動車のダイナミックシールドもその文法に沿っているのだが、デザインが直線的なので、「威圧感」というよりも機能的な印象が強く、それが三菱車の個性とマッチしていると思う。
開発は日産、生産は三菱
三菱自動車のeKシリーズと、その兄弟車種である日産のデイズシリーズは、三菱と日産が折半出資で設立したNMKVでデザイン・企画を手がけている。従来のeKシリーズおよびデイズシリーズは、企画が定まったあとの開発・生産の両プロセスを両方とも三菱自動車が手がけていたのだが、新型eKシリーズおよびデイズシリーズでは、先程も触れたように開発を日産、生産を三菱が手がける分業体制に変わった。
一言で「変わった」と説明したのだが、これは非常に大変なことである。企業が違えば開発工程が異なるのはもとより、そもそもそれぞれの工程をどう呼ぶか、という慣習も異なる。どの言葉がどういう内容を意味するかという「翻訳作業」や、使う用語を合わせる「言葉合わせ」には相当な時間と手間を費やしたようだ。このあたりの両社の開発の苦労はNMKVのホームページのレポートに詳しい。
当然のことながら製造する工場の事情が分からなければクルマの設計はできない。それぞれの工場特有の制約条件を満たさなければならないからだ。eKシリーズやデイズシリーズは、三菱自動車の水島製作所で製造しており、開発も水島製作所のことをよく知る三菱自動車側が担当していたから問題はなかった。しかし今回は水島製作所のことをまったく知らない日産自動車のエンジニアが開発を担当することになったのだから、その意思疎通だけでも大変な手間を要したようだ。
これだけの手間をかけても今回、日産が開発を担当した理由について両社は、日産が実用化で三菱よりも先行する運転支援技術「プロパイロット」などを盛り込むためと説明している。確かにこうした技術を搭載するうえで日産が開発を担当したほうが効率的なのは間違いない。しかしいささか邪推すれば、新型eKシリーズやデイズシリーズの開発が始まった時期に、燃費不正事件で三菱自動車に対する信頼度が落ちていたといたという事情もあるだろう。
新開発のエンジンはルノー・日産グループが新興国向けに開発した排気量0.8Lの「BR08型」をベースに排気量を0.66Lに縮小した「BR06型」である。BR08型エンジンは日産車でいえばインド向けの車種「Datsun redi-GO」に搭載されている。BR06型エンジンの特徴はシリンダーのボア(内径)×ストローク(行程)が62.7×71.2mmで、ストロークのほうがボアよりも大きい「ロングストローク型」になっていることだ。
先代車のエンジンは65.4×65.4mmでボアとストロークが等しい「スクエア型」だった。ストロークが短いエンジンのほうがピストンが往復する距離が短くなるのでエンジンの回転数を高めやすく、またボア径が大きいと吸気・排気のバルブ径も大きくできるので小排気量で大出力を得るには有利だ。ストロークが短いとエンジンの高さを抑えられるメリットもある。
従来型eKワゴンに搭載していたエンジンは、以前に三菱自動車が生産していた軽自動車「i」向けに開発されたエンジンをベースにしていた。iはエンジンを後輪の前に配置する「ミッドシップレイアウト」を採用した個性的な軽自動車で、エンジンを床下に搭載するためにエンジンの高さを抑える必要があり、ボアの大きいスクエア型の設計を採用した。
しかし最近の自動車では軽自動車も含めてロングストローク型を採用することが多くなっている。その理由は、ロングストロークにしてボアを小さくしたほうがエンジンの燃焼室の表面積を小さくでき、熱損失を減らせるからだ。つまりロングストロークのほうが燃費の向上に有利という特徴がある。
今回のeKクロスに搭載されている新型エンジンのボアとストロークの比率を計算すると、ストロークがボアの約1.14倍なのだが、最近の軽自動車用エンジンではホンダの現行型「N-BOX」に搭載されているエンジンのボアxストロークが60.0x77.6mmで、ストロークがボアの約1.29倍という極端なロングストローク型になっている。ボアxストロークというエンジンの基本的な部分で先代のeKシリーズやデイズシリーズは燃費の面でハンディキャップを抱えていたわけで、燃費不正の遠因はここにあったともいえる。今回のエンジン刷新で、ようやく他社と燃費競争を戦える条件が整ったといえる。
燃費の優先順位は8位
ところが、三菱自動車の開発担当者によれば、燃費はもはや消費者の最大の関心事ではないという。同社が軽自動車を購入する人に重視する点を聞いたところ、2008年には1位が税金・保険などの諸経費、2位が車両価格、そして3位が燃費と、経済的な項目が目立った。ところが10年後の2018年になると、2位の車両価格は変わらないものの、なんと1位は車体色で、3位はスタイル・外観に変わったという。燃費の優先順位は4位の安全性、5位の室内の広さ、6位の運転のしやすさ、7位の視界の良さに次ぐ8位に過ぎない。軽自動車を選ぶ消費者の価値観はこの10年で様変わりしたのだ。
だからといって三菱自動車が燃費を軽視しているわけではなく、新型eKシリーズではJC08燃費も従来の25.8km/Lから29.4km/Lへと向上(ベースグレード同士の比較)しているのだが、先の調査結果を反映して記者説明会ではほとんどそれについての言及はなく、カラーバリエーションの豊富さやデザイン、安全性や室内の広さ、運転のしやすさなどを重点的に説明していたのにはちょっと驚いた。
新しいeKシリーズの特徴としてまず挙げられるのが室内の広さだ。もはやこのクラスの軽自動車はどの車種も室内幅を除いて上級のAセグメントやBセグメントの車種をしのぐ広さを手に入れているのだが、そうした中にあっても新型eKシリーズの室内の広さはトップクラスだ。あとで説明するようにコンパクトな新型CVT(無段変速機)を採用したことなどでエンジンルームの長さを約65mm短縮し、そのぶんホイールベースを65mm伸ばしたことで、特に後席の足元スペースが広がった。スライド可能な後席を一番後ろの位置にすれば、後席で足を組むことはもちろん、小柄な人なら床に正座できるくらいのスペースが広がる。後席の足もとの床面が4輪駆動仕様を含めてフロアトンネルのないフラットな形状になっていることも後席スペースをより広くかんじさせている。
新型eKシリーズのパッケージの新旧比較。新型eKシリーズはエンジンルームを65mm短縮し、その分室内を広くした(資料:三菱自動車工業)
逆に後席を一番前の位置までずらしても、後席にふつうに腰掛けるには何ら問題のないスペースが確保されている。一方で荷室は大幅に広がるので、ふだんはこの位置にしておくのが実用的には便利かもしれない。今回試乗したのは4輪駆動車だったので実車では確認できなかったが、2輪駆動車では荷室の床下に54Lの床下収納も確保していて、これを利用すればA型のベビーカーを縦に積むこともできるという。
エンジン性能も向上
室内や荷室の拡大に加え、今回のeKシリーズの売り物は走行性能の向上である。これはユーザーにとっては「運転のしやすさ」につながる。先にスクエア型のエンジンのほうが出力の向上に有利だという話をしたのだが、実際には新型eKシリーズのエンジンは従来型に比べて出力、トルクとも向上している。具体的には今回試乗した自然吸気エンジン同士の比較だと、従来エンジンが最高出力36kW、最大トルクが56N・mだったのに対して新型エンジンはそれぞれ38kW、60N・mになった。
出力確保に不利なロングストロークエンジンで出力を稼ぐために、新型エンジンでは従来吸気側だけだった可変バルブタイミング機構を排気側にも採用して吸排気の流れをスムーズにしている。出力向上もさることながら、今回のエンジンの特徴は全域でトルクがアップしていることで、停止状態からの走り出しや、高速道路での合流がよりスムーズになったという。
走行性能の向上には新開発のCVTも貢献している。従来のeKシリーズでは副変速機付きCVTを採用していた。これは低速と高速の2段切り替えの副変速機をCVTと組み合わせることで、変速比幅を7.29に広げたものだ。しかし従来の副変速機付きCVTは、リッターカークラスまで使えるようにトルク容量が大きかったうえ、しかも副変速機があるため、軽自動車用としては大きく重くなっていた。今回採用した新型CVTは軽自動車専用に開発されたもので、従来のCVTに比べて寸法がコンパクトになり、エンジンルームの短縮に貢献したほか、質量も4.2kg軽くなった。副変速機がないので、変速比幅は従来より狭い5.97になったが、あとの試乗記でも紹介するように、それによるデメリットはあまりないと感じた。
そして今回の新型eKシリーズの売りの一つが高速道路での運転支援システムの搭載だろう。これは日産が「プロパイロット」と呼ぶものと中身は同じだ。レーダーを使わず、センサーとしてはカメラだけで高速道路の同一車線を走行する場合のアクセル、ブレーキ、ステアリング操作を自動化したもの(ただしステアリングには手を添えている必要がある)である。三菱自動車は「マイパイロット」と呼んでいる。
これに機能が近い運転支援システムはホンダがN-BOXに「ホンダセンシング」として搭載しているから軽自動車初ではない。しかしホンダセンシングではステアリング操作の補助が時速65km以上でしか作動しないのに対して、マイパイロットでは作動領域が時速約30~100km/hと広い。さらに渋滞時には、停止した場合でも約3秒以内に先行車が走り出すと、特にスイッチ操作などをしなくても追従走行を継続できるなど、より幅広い状況に対応できるのが特徴だ。
良好な乗り心地と操縦安定性のバランス
プラットフォームからエンジンまですべてを一新した車種のため、いつも以上に前置きが長くなってしまったがさっそく走り出してみよう。試乗車はeKクロスの自然吸気・4輪駆動仕様である。まず外観だが、室内空間を重視するあまり、外観の差異化が難しくなっている中にあって、このフロントグリルはクルマに詳しくない人でも一度見たら忘れないのではないか。そのくらいインパクトがある。
室内に乗り込んでみると、光沢のあるセンターパネルや、ステッチ(編み目)のような形状を作り込んだ表皮材などによって、これまでの軽自動車よりも1クラス上の質感が表現できていると感じる。軽自動車よりも上級クラスのAセグメント(1.0Lクラス)やBセグメント(1.3~1.5Lクラス)の車種は発売から時間がたっているものが多く、こうした古いモデルに比べると、質感の面では上回っている。このあたりは、販売台数が多いからきっちり5年程度で全面改良できる軽自動車の強みが出ているといえるだろう。
eKクロスのインストルメントパネル。光沢のあるセンターパネルやステッチ調の模様を付けた表皮は質感が高い(写真:三菱自動車工業)
走り出してみても上質なイメージは続く。乗り心地は決してふわふわと柔らかいわけではなく、むしろ引き締まった印象を与えるのだが、段差を乗り越えた場合などの衝撃の吸収の仕方はソフトで、乗り心地と操縦安定性のバランスでは現在の軽自動車ではトップではないかと感じた。あと少しだけシートでの振動吸収性が向上すれば、AセグやBセグの車種に対して乗り味で完全に「下剋上」できる実力だと感じた。
乗り心地と操縦安定性の両立に加えて、静粛性が高いのも美点だ。今回自然吸気モデルを借りた理由の一つは新開発CVTのステップ変速機能を試してみたかったからだ。CVTは無段変速機というその名の通り、ショックのない変速が可能なのが特徴だ。しかし従来の軽自動車では高速道路の合流などで急加速する場面では、速度よりも先にエンジン回転数が上昇し、その状態が持続するためうるさいと感じる場面も少なくなかった。新型CVTのステップ変速機能は、CVTであるにもかかわらず、アクセルの踏み込み量が多い領域ではまるで変速しながら加速するようにエンジン回転数でステップを踏みながら加速させていく機能だ。
CVTでありながら通常の自動変速機のようなステップ変速する機能を備える(資料:三菱自動車工業)
出力・トルクの高いターボ車はともかく、自然吸気エンジン搭載の軽自動車ではこれまで高速の合流などでエンジンをうるさく感じる場面も少なくなかったから、この機能には期待していた。だが結論からいうと、このステップ変速のありがたみを感じる場面は、一般的なドライバーは少ないだろうと思った。一つの理由は、この機能が作動する回転数領域が高いことだ。
というのもこの機能はエンジン回転数が5000rpmを超える領域で作動するのだが、筆者も含めてそこまでエンジンを回すドライバーは一般的ではないだろう。その手前でアクセルを緩めてしまうはずだし、高速道路の合流程度なら5000rpm近くまで回せば十分だ。筆者が普通に運転していると4500rpm程度でアクセルを緩めてしまう場合が多かった。つまり結論からいうと、ステップ変速のありがたみを感じる場面はほとんどなかったものの、車両としての静粛性が高いので、高速の合流などで高回転域までエンジンを回しても苦しげな感じが少なく、自然吸気エンジンでの高速走行も十分快適だ。
そして巡航速度に入ると、時速100kmでエンジン回転数は2500rpm程度にまで下がる。副変速機付きCVTなら回転数をもっと下げることも可能かもしれないが、軽自動車の排気量からいってそういうケースは少ないと思われるので、変速比幅が狭くなってもCVTの小型・軽量化を選択したことは正解だったと思う。
そしてマイパイロットだが、当たり前のことだが日産のプロパイロット搭載の上級車種と同等の性能を示す。他社のようにレーダーを備えずカメラだけで車線を維持するシステムだが、車線維持そのものには問題ないものの、他社のシステムに比べると、ややステアリング操作の修正が頻繁に行われる感じがする。軽自動車ではないが、先日乗ったホンダの新型「インサイト」のホンダセンシングでは、車線維持のためのステアリング操作が非常にスムーズだったのに比べると、この当たりはやや改良の余地があると感じた。
参考までに試乗時の燃費を記しておくと、市街地では15~18km/L、高速では24~26km/Lという数値だった。試乗車は簡易型のハイブリッドシステムを搭載しているので市街地での値は驚かなかったが、高速では3000~4000rpmという高回転で巡航することが多かったことを考えるとかなり良好な部類に入る。これは高速走行中、ほとんどマイパイロットを作動させていたことも影響しているかもしれない。実走行に近いと言われるWLTC燃費は、市街地モードで16.9km/L、高速道路モードで22.6km/Lだから、今回の試乗時の燃費は市街地でほぼ同等、高速燃費はむしろ上回る結果になった。
このように新型eKシリーズはAセグやBセグの上級車種を一部しのぐ性能を手に入れている。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会特別仕様ナンバープレートのおかげで軽自動車でも白いナンバープレートが付けられるようになったいま、黄色いナンバープレートに対する抵抗感も問題にならなくなった。日本におけるコンパクトカーは、ますますその存在意義を問われることになるだろう。
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