12年ぶりに大幅な部分改良を実施した新型「デリカD:5」
三菱自動車の「デリカ D:5」は前身の「デリカ」の時代から根強い人気のある車種だ。筆者の知り合いにも、D:5になる前の「デリカ スペースギア」(1994~2007年)に大径のタイヤを履かせ、連休となれば子どもとキャンプにスキーにと出掛けるファミリーがいる。そう、デリカが特徴的なのはミニバンであるにもかかわらずアウトドアのイメージが非常に強いことだ。特にスペースギアは、「パジェロ」譲りの4WD(4輪駆動)機構を備えているモデルの人気が高かった。
FR(フロントエンジン・リアドライブ)のプラットフォームをベースとしたスペースギアから、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)のプラットフォームベースのD:5に代替わりしても「アウトドアに強いデリカ」のイメージは受け継がれ、スキーやスノーボードに出かけることを意識した「シャモニー」という特別仕様車も設定していた。現行のデリカD:5は2007年1月の発売から12年という息の長いモデルだが、相変わらず月間1000~1200台をコンスタントに販売するという、まさに根強い人気を保つモデルとなっている。
12年ぶりのビッグマイナーチェンジ
そのデリカ D:5が2019年2月に大幅な部分改良を施されて発売された。フロント周りは印象が全く変わり、三菱自動車が「ダイナミックシールド」と呼ぶ中央の大きなグリルと、上方に配置した切れ長のランプ(ヘッドランプのように見えるが、実は車幅灯)を配置したデザインを採用した。このデザインは、最初に「アウトランダー」の部分改良で採用され、その後「エクリプスクロス」そして今回の「デリカ D:5」へと採用を拡大し、今後も新型軽自動車の「eKクロス」や、「RVR」の部分改良モデルなどに広がっていく予定だ。
新型デリカ D:5(中央)と、都会的なイメージを強めたグレード「アーバンギア」(左)、そしてフロントデザインにデリカD:5と同様「ダイナミックシールド」と呼ぶデザインモチーフを採用した新型軽自動車「eKクロス」(2019年3月28日発売予定)
内装でも、空調の吹出口やナビゲーションシステムのディスプレー、シフトレバーなどの基本的な配置は変わらないものの、インストルメントパネルやドア内張りなどの部品が一新され、特にインストルメントパネルはハンドステッチのソフトパッドが採用されたり、木目調のパネルが貼られたりと質感の向上が著しい。基本的には部分改良なのだが、外観といい内装といい、全面改良に近い力の入れ方だと感じる。
新型デリカD:5のインストルメントパネル。全面的に刷新し質感が大幅に向上した(写真:三菱自動車)
変わったのは見た目だけではない。パワートレーンでの大きな変更は、エンジンがディーゼルに絞られたことと、変速機が従来のCVT(無段変速機、ガソリンエンジン仕様)と6AT(6速自動変速機、ディーゼル仕様)から最新の8AT(8速自動変速機)に変更されたことだ。また駆動方式も、従来は前輪駆動仕様が用意されていたのに対して新型D:5は4WD仕様のみに絞られた。つまり新型D:5は、ディーゼル+8AT+4WDの組み合わせしか選べない。
これに伴って価格帯も上がっている。従来型D:5はガソリンエンジン+前輪駆動という割安な仕様が用意されていたこともあって、価格帯は約240万~406万円と幅広かった。これが新型では約384万~422万円に上昇した。額面だけから見ると、ベース価格が100万円以上高くなったわけで、これでは従来型D:5に乗っていたユーザーが買い替えようとディーラーを訪れたときに大丈夫なのかと余計な心配をしてしまった。
実は8~9割がディーゼル+4輪駆動
当然のことながら、当の三菱自動車はそんなことは百も承知だ。そもそも従来型のデリカ D:5の販売台数のうち8~9割はディーゼル+4輪駆動の仕様だったという。つまりデリカを選ぶ顧客のほとんどはディーゼル+4輪駆動の組み合わせに魅力を感じて購入するということだろう。
確かにこの組み合わせを選べるミニバンは、国内では他に存在しない。唯一無二の存在価値があるということなのだろう。ただし、このあとで説明するようにエンジンや変速機の大幅改良や安全装備の追加などで、ディーゼル+4輪駆動仕様同士の比較でも新型は価格が上がっているという。グレード構成が新型になって変わっているので比較が難しいのだが、50万円程度上昇しているようだ。
一方で、それでも廉価なガソリンエンジン仕様が欲しいというユーザー向けには、従来型のデリカD:5を、一部仕様を変更して継続販売する。こちらの価格帯はおおむね245万~322万円と新型に比べれば100万円程度低いため、価格重視のユーザーはこちらでカバーできるという計算だ。いずれにせよ三菱自動車は「キャラの立った」グレードに絞り込むことでデリカというクルマの立ち位置を鮮明にしようとしているようだ。
尿素SCRを採用
新型D:5が搭載するディーゼルエンジンは、従来型と同じ排気量2.2L・直列4気筒の直噴ディーゼルターボエンジンで、形式名も「4N14」と変わらない。しかしその中身は、5割の部品を新設計したという。その改良の目玉は尿素SCR(選択還元触媒)の採用だろう。尿素SCRについてはこの連載の過去のコラム「復活したVWのディーゼル車の実力は?」でも解説しているのだが、排ガス中に含まれる窒素酸化物(NOx)を浄化するためのシステムである。
具体的には尿素水(業界ではアドブルーと呼ぶ)を排ガス中に噴射して排ガス中のNOxを選択的に除去するというものだ。尿素水は高温の排ガス中に噴射されるとアンモニア(NH3)に変化し、このアンモニアが、排ガス中のNOxをN2(窒素ガス)とH2O(水)に分解する。ディーゼルエンジンは酸素が過剰な状態で燃料を燃焼させるのが特徴で、そのために排ガス中にも燃焼に使われなかった酸素が大量に残っている。こういう酸素が周囲に多量に存在する状態でNOxから酸素を引き離すという離れ業をするのが尿素SCR触媒という仕組みだ。このアンモニアのように、酸素を引き離す役割を果たす化学物質を「還元剤」という。
デリカD:5に採用された尿素SCR(選択還元触媒)。排ガスに尿素(アドブルー)を噴射するとアンモニア(NH3)に変化し、NOx(窒素酸化物)をN2(窒素)とH2O(水)に分解する(資料:三菱自動車)
燃料を還元剤として使用
従来型デリカのディーゼルエンジンでは、排ガス中のNOxを浄化する還元剤として燃料を使っていた。そう説明すると「?」と感じる読者もいるかもしれない。順序を追って説明すると、従来型のデリカのディーゼルエンジンでは、排ガス中のNOxを浄化するために「NOx吸蔵還元触媒」という触媒を使っていた。この触媒は排ガス中のNOxを選択的に内部に取り込んで、外部に放出されないようにする役割を果たす。しかし、内部に吸蔵できる量には限度があるので、どこかのタイミングでNOxを放出させなければならない。
そこでNOxがある程度たまってきたら、エンジンで燃焼が終わったタイミングで燃料を燃焼室内に噴射する。すると燃料は燃えることなく排ガスとともにエンジンから排出される。燃料というのは炭素(C)と水素(H)と酸素(O)でできているから、このCとHが、NOx吸蔵触媒に到達すると、吸蔵されているNOxからOを奪い取り、NOxがN2に変わる。つまり燃料が還元剤としての役割を果たすわけだ。
ただしこの手法には難点がある。NOxの還元のために余計な燃料が必要になり、燃費が悪化することだ。走行条件にもよるが3~5%程度燃費が悪化すると言われている。これに対して尿素SCRはNOxの還元に燃料を使わないので燃費が悪化しない。排ガスを浄化するための尿素水を補給する必要はあるが、約1万5000km走行毎が補給の目安で、一般的なドライバーなら1年点検や車検のタイミングで補給すれば済む。尿素水のコストも燃料よりは低くて済む。
エンジン自体も改良した。主要な運動部品を約17%軽くすることでエンジン各部の摩擦を減らし、燃焼室形状の変更、燃料噴射装置の改良などをすることによって、最大トルクは従来よりも5.6%高い380N・mになった。
変速機は従来の6ATから8ATに代えることで変速比の幅が従来の6.13から7.80へと27%広くなった。このため低速側では従来より8%ギア比を低く、逆に高速側では18%ギア比を高くすることが可能になった。発進時の出足はより鋭くなる一方で、高速時のエンジン回転数はより低くできるので燃費の向上にも貢献する。このほか足回りの改良や、パワーステアリングを油圧式からデュアルピニオン電動式に代えるなど、改良は細部に及ぶ。
良好な乗り心地
それでは、こうした改良の成果はどうなのか。今回も走り出してみよう。走り出して印象的なのは軽快な走りだ。車両重量が約2tもある重いクルマだが、エンジンのトルクが向上しているのに加え、8ATの恩恵で発進時のギア比が低くなっていることもあって、アクセルを少し踏むだけで、必要な加速力が引き出せる。
ただし、今回の改良では遮音材や静音材を増やし静粛性を向上させたということだが、加速時にはディーゼルエンジンらしいちょっとカラカラとした音がはっきりと室内には入ってくる。決して不快なレベルではないが「静かなクルマだな」という印象はあまり受けなかった。残念ながら従来型のD:5には試乗したことがないので、比較してみればその改良ぶりが分かったのかもしれない。
新たに採用した8ATは、変速段は多くても変速が滑らかなため変速動作が頻繁に行われても煩わしい感じはしない。また、これは三菱自動車独自のセッティングなのだと思うが、アクセルオフの動作がすばやいときにはシフトアップを抑制する制御が組み込まれている。今回の試乗コースは御殿場から箱根方面に上がっていってまた下りてくるというものだったが、芦ノ湖スカイラインを走っている際にカーブ手前でアクセルオフしてもシフトアップされず軽いエンジンブレーキがかかるので運転しやすい。
足回りのセッティングは乗り心地重視だ。オフロードにおける路面へのタイヤの追従性を考えても、このクルマのキャラクターを考えても、そのセッティングは正解だと思うが、今回の試乗コースはあまり得意ではなかったかもしれない。芦ノ湖スカイラインのカーブを曲がるときのロールは大きめだし、ステアリングに対する応答も穏やかだから、あまり飛ばそうという気持ちにはならない。D:5は従来型と同様2列目、3列目シートの居住性も優れており、家族と一緒に移動することも多いと思われるので、運転するお父さんは安全運転に徹したほうがクルマにも家族のためにもいいだろう。
燃費が気になる読者もいると思うが、1時間ほどかけて御殿場から上って下りてきた平均燃費は燃費計の読みで12km/L程度だった。これは燃費投稿サイト「e燃費」に掲載されている従来型デリカD:5のディーゼル仕様の平均燃費(10.6km/L、2019年3月19日時点)よりも10%以上いい数字で、尿素SCRの採用の効果が出たといえる。従来のJC08モードよりも実用燃費に近いと言われるWLTP燃費(平均)の値は新型デリカD:5の場合12.6km/Lで、今回の燃費はこれに近い。実用燃費では十分12km/L以上が狙えるだろう。車両重量がほぼ2tあるクルマとしては上出来ではないだろうか。
総じていえば、新型デリカD:5は部分改良とはいえ、全面改良に近い変更を受け、最新の競合モデルにもひけをとらない内容になったと思う。特に内装は全面的に変更され、質感も大幅に向上しているので、ドライバーだけでなく同乗者の満足度も高いだろう。またこれは部分改良前からの特徴なのだが、競合他車の多くが車体サイズを5ナンバーサイズにとどめているのに対して、デリカD:5は3ナンバーサイズで車体幅が10cmほど広いので、その分室内スペースに余裕があるのも魅力だ。最近のミニバンではグリルを大型化したデザインが人気で、新しいデリカのフロントデザインはその流れに沿いつつも個性を主張していて、以前からのデリカファン以外のミニバンユーザーも引きつけそうだ。
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